2015/02/02  

七釜温泉「ゆ~らく館」【しちかまおんせん「ゆ~らくかん」】

 

七釜温泉「ゆ~らく館」【しちかまおんせん「ゆ~らくかん」】

七釜温泉「ゆ~らく館」

●関連情報
七釜温泉「ゆ~らく館」

●ユニークな大釜のお風呂にどっぷりどうぞ
昭和38年12月、井戸の掘さく中に発見された七釜温泉は、現在周辺に14軒の宿泊施設があります。地元の人たちによると、七釜温泉が今まで一番の賑わいを見せた昭和40年代。当時の一番の魅力は、素朴で家庭的な雰囲気。特に、夏の海水浴、冬のかに、老人会の湯治客を中心に賑わったといいます。
平成17年7月には「ゆ~らく館」がオープン。源泉100%の温泉を掛け流しで満喫でき、石風呂やヒノキ風呂、釜風呂、多目的風呂など、浴槽もバラエティに富んでいます。特に、七釜にちなんだ大釜の浴槽は人気!また、玄関横には無料の足湯もあります。

七釜温泉「ゆ~らく館」
・0796-83-1526
・兵庫県美方郡新温泉町七釜524
・午前9時~午後10時(受付は9時15分まで)
・第1・第3水曜日定休
・大人500円 小人(2歳以上)300円

●泉質
硫酸塩高温泉
●効能
神経痛・筋肉痛・関節痛

2015/02/02  

浜坂温泉「ユートピア浜坂」 【はまさかおんせん「ゆーとぴあはまさか」】

 

浜坂温泉「ユートピア浜坂」
【はまさかおんせん「ゆーとぴあはまさか」】

浜坂温泉
「ユートピア浜坂」

●関連情報
新温泉町役場

●湯量豊富な良質の天然温泉であったまろう
泉温76度、一般家庭にも配湯しているほど豊富な湯量を誇る浜坂温泉。自然豊かな海、山、川に恵まれたのどかな里に位置し、県民サンビーチの近くなので、海水浴帰りに温泉に入って体の疲れをとって帰る人々に人気です。
ゆったりとした大浴場、感度抜群のジェット風呂、泡風呂でゆっくりと体をほぐしましょう。トレーニングルーム、創作展示コーナー、カラオケや囲碁などが楽しめるコミュニティーホール、研修室なども完備。玄関前の湯壺でゆでた温泉たまごもおいしいと評判です。

浜坂温泉「ユートピア浜坂」
・0796-82-5080
・兵庫県美方郡新温泉町(旧浜坂町)浜坂
・午前10時~午後10時(入館は午後9時30分まで)
・木曜日定休(祝日の場合は翌日)
(盆、年末年始、大型連休等は臨時営業の場合あり)
・大人300円 小人150円

●泉質
ナトリウム・カルシウム塩化物泉
●効能
皮膚病・神経痛など

2015/02/02  

湯村温泉【ゆむらおんせん】

 

湯村温泉【ゆむらおんせん】

荒湯周辺

荒湯で温泉たまご

リフレッシュパーク

薬師湯

左右360度の
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Quick Time VRを楽しむためには上のバナーより「Quick Time」をダウンロードしてください。

●関連情報
温泉町夢公社

●湯けむりをあげ98度の熱泉が湧く、夢千代の里
1150年前に慈覚大師が発見したといわれ、春来川沿いの泉源から絶えず湯けむりが立ちのぼる、情緒あふれる温泉郷。ドラマや映画で吉永小百合さんが主人公を演じた「夢千代日記」の舞台としても有名です。
湯村温泉の源泉である荒湯は、夏でも、もうもうと湯けむりをあげながら、98度という高温の湯を1分間470リットルも湧き出しています。湯壺では観光客が温泉たまごを吊したり、地元の人が野菜やカニをゆでる姿も情緒たっぷりです。周辺の川沿いには、湯村温泉を訪れた著名人の手形がずらりと並んだ散歩道や、日本一長い足湯・湯村大根物語『ふれ愛の湯』があり、ゆっくりとくつろげます。
湯村温泉には旅館など宿泊施設が17軒あり、温泉好きな方には、湯村温泉をとことん満喫できる七福神湯めぐりがおすすめ。湯村温泉の外湯施設2軒と、5軒の宿のお風呂に入ることができる湯めぐりシステムです。宿泊した旅館以外の宿のお風呂にも入れるので人気です。それぞれのお風呂を利用すると、かわいい七福神人形がひとつずつもらえ、全部まわれば七福神が勢揃い、湯めぐり札の裏に並びます。

リフレッシュパークゆむら
水着で入る露天風呂は、野趣あふれる洞窟風呂、酒樽風呂、滝風呂などの趣向がこらされ、ほかに寝湯、打たせ湯などの健康風呂、屋内温水プールなどがあります。本場の但馬ビーフが味わえるレストラン「楓」も併設しています。
・0796-92-2002
・午前10時~午後8時(受付終了午後7時)
・木曜定休(祝祭日・春・夏・冬休みは無休)
・大人1100円 小・中学生・65歳以上550円

薬師湯
湯村温泉の中心、荒湯のすぐそばにあります。散策途中にひと風呂あびては。

・0796-92-1081

・午前7時~午後10時30分(入館は午後10時まで)

・毎月15日定休(木・土・日・祝日の場合は翌平日)

・大人400円 小学生以下250円

介助風呂45分3人まで2,500円(4人目以降1人500円)

●泉質
炭酸水素塩泉(低張性・中性高温泉)
●効能
神経痛・関節痛・消化器病・皮膚病・慢性婦人病など

・兵庫県美方郡新温泉町湯

2015/02/02  

健康公園・ログハウス「カナダ」 【けんこうこうえん・ろぐはうす「かなだ」】

 

健康公園・ログハウス「カナダ」
【けんこうこうえん・ろぐはうす「かなだ」】

健康公園
0796-92-1713
ログハウス「カナダ」
0796-92-2777

●関連情報
温泉町夢公社

●さわやかな風の中でスポーツ三昧、宿泊は温泉付きログハウスで
健康公園
山の地形と自然を利用してつくられたスポーツランド。広大な敷地の中には、ナイター設備も完備の多目的グラウンドやハードコート4面のテニスコート、体育館。多目的活性広場「すこやかドーム」は、床全体が人工芝、天候に左右されず、屋外のイメージそのままにテニスやゲートボールの練習が可能。体力にあわせて3コース、いずれも18ホールある本格的なパターゴルフ場や体力やバランス感覚で12のポイントに挑戦するクリアするトリムコース。その他、人工スキー・ソリ場、ゴーカート(バッテリーカー)、スーパースライダーといったスポーツ&レジャー施設が盛りだくさん。高原特有のさわやかな風の中でスポーティで健康的な1日を過ごすことができます。お腹がすいたら、バーベキューハウスや食堂で旬の味覚を楽しむことができます。
(バーベキューは食堂に申し込めば、材料などを用意してもらえる)

・兵庫県美方郡新温泉町湯1684-5
・0796-92-1713
・午前9時~午後6時(冬期間は午前8時~午後5時)
※ナイター時間は午後22時まで
・木曜定休(祝祭日、春夏冬休み期間は無休)

・多目的グラウンド(野球場2面)
・パターゴルフ(19H・パー61)
18ホール・1回  1,000円
ゴルフボール販売(持ち込み可) 1個 200円
・すこやかドーム
ドーム使用料(1面・1時間) 300円
照明使用料(1面・1時間)  900円

●利用時間/午前9時~午後10時
●受付時間/午前9時~午後6時

ログハウス「カナダ」
星空の見える窓、ゆったりとした設計、本格的な天然温泉付きのカナディアンログハウス。1階はリビング・キッチン・バス・トイレ、2階はベッドルーム、グループやファミリーも楽しく過ごせる快適空間。家具やベッドはもちろん、調理器具や食器、有線放送まで完備。管理棟のメイプルセンターには、ふれあいを大切にしたサロンや談話コーナー、テラス、売店などもあり、事前に申し込めば、朝食や夕食の材料も用意することができます。

・兵庫県美方郡新温泉町湯753
・0796-92-2777

1棟基本料金(4名様まで)
基本料金 (1泊20,000円)
1泊 17,000円 (平日割引料金)
2泊 32,000円 (平日割引料金)
3泊 42,000円 (平日割引料金)
4泊 48,000円 (平日割引料金)
追加料金 (4名以上の場合、追加人数に対して以下の料金がかかります。最大6名))
1泊 1,500円
2泊 1,500円×2
3泊 1,500円×3
4泊 1,500円×4
金・土・日・祝日及び祝前日、GW・春・夏・冬休み期間は
1泊  20,000円  追加料金 1,500円(追加1名につき)

 


 

2015/02/02  

先人記念館「以命亭」【せんじんきねんかん「いめいてい」】

 

先人記念館「以命亭」【せんじんきねんかん「いめいてい」】

先人記念館「以命亭」

・新温泉町浜坂

・兵庫県景観条例

景観形成重要建造物等

 

●関連情報
浜坂観光協会

●のれんをくぐると時代を魁た先人たちに会える
先人記念館・以命亭は、森家・七釜屋屋敷を改修したもので、玄関には七釜屋の家紋を染めぬいたのれんがかかり、のれんをくぐるとタイムスリップしたかのような古い空間がひろがっています。七釜屋は、約300年10代にわたり、それぞれに秀れた人たちを輩出してきた家で、代々、文化・経済・政治と息づく、時代の先達として、旧浜坂町を担ってきました。森近三郎(藍尾)は天明4年(1784)生まれ、国学に専念し、特に俳諧の道を究め、俳名を藍尾とし活躍。森周一郎(梅園)は幕末から大正時代を生き、池田草庵に学び、明治2年に旧浜坂町に私塾味道館を設立、明治26年には鳥取市にも味道館を設立、漢学・儒学の教育にあたり、その門弟は1000人を越すといわれています。
吹き抜けの酒蔵を利用した以命亭ホールや、 森藍尾コーナー、森梅園コーナーがあり、庭を望むと梅の木とともに、俳人の森藍尾の句碑が建立されているのが見えます。母屋と酒蔵にはコミュニティが併設され、ゆったりとした雰囲気で先人たちの足跡をたどることができます。
以命亭の由来は、森家2代目当主、輿右衛門が長子に家督を譲り、屋敷の裏、東側に隠居所を建て、その隠居所を「以命亭」と命名しました。「以命亭」の「以命」は中国の古書『礼記』の「君子は易に居て以て命を埃つ」からとったものです。

先人記念館「以命亭」
・0796-82-4490
・兵庫県美方郡新温泉町浜坂
・午前9時~午後5時(入館は午後4時30分まで)
・木曜定休(祝祭日は翌日)、年末年始(12/29~1/3)休み
・大人200円 小人100円

2015/01/31  

浜坂針【はまさかばり】

 

浜坂針【はまさかばり】
針
針屋
針屋

●200年の歴史に培われた技術
(ぬい針・レコード針・特殊針)

新温泉町(旧浜坂町)で針の生産がおこなわれ、市場(京阪方面)へ売られるようになったのは享和2年(1802)のことで、浜坂針の元祖は、市原惣兵衛(いちはらそうべえ)といわれています。惣兵衛は、安永元年(1772)に生まれ、23歳の時、長崎に留学し長崎の針職人2名をつれて帰り、唐縫針を生産したのがはじまりとされています。
天保10年(1840)には北陸へ販路をもち、幕末から明治の中期には、針金屋(鉄線材生産者)4軒、線引屋(伸線加工業者)約20軒、針師親方(縫針業者)約80軒、下職(針師の職場で働く者、及び自宅で作業をする者)、針問屋(販売者及び原材料と製品の販売を行う者)数名を数えるほどになり、有力な産地が形成されました。
しかし、その後、明治30年~昭和10年頃にかけて浜坂の線材業と伸線業は廃業となり、生産は問屋制家内工業へと移行していきました。 昭和26年当時には、製針工場は13を数え、年間約7億本の生産をするまでに発達してきました。平成13年現在の製針工場は4軒となりましたが、縫針、レコード針、各種ピン等多様な製品の製造には、長い期間をかけて培われた針を造る技術(先付け、穴あけ、熱処理、プレス加工等)によって支えられてきたものといえます。

2015/01/31  

ホタルイカ

 

ホタルイカ

ホタルイカ

●浜坂漁協では日本一の水揚げ量を誇る
海の妖精ともいわれるホタルイカは、胴の長さが6~7cmとごく小さなイカです。日本近海に広く分布しており、普段は主に沖合の水深200mよりも深い海域に生息しています。
ホタルイカは富山湾の特産として知られていますが、昭和62年、浜坂漁港で本格的にホタルイカ漁をはじめました。今では富山より浜坂の水揚げが多くなり、水揚げ量は日本一を誇るようになりました。日本で一番はやい3月から漁がはじまり、5月頃までが旬。ホタルイカが出回りはじめると、但馬にも春が来たしるし。一匹がひとくちサイズで、かみしめるとほのかな甘味が口に広がります。
ホタルイカはその名が示すとおり発光するイカとして有名です。ホタルイカの発光器は構造から3つの種類に分けられ、それぞれ腕発光器、眼発光器、皮膚発光器と呼ばれています。
光を発する理由は、威嚇のためや外敵から身を守るためと考えられています。網で揚げられた時に光るのは威嚇発光で、この時の光り方はかなり強烈。腕の先端部分にある大きな発光器から、まばゆい光りを発光します。一方、保身の時は体全体に800個ほどある発光器から淡い光りを発します。
富山湾では定置網で漁をしますが、浜坂は底引き網での漁法でとっています。よくテレビなどで紹介される映像として、夜の海にほんわか光るホタルイカの姿が紹介されますが、実はホタルイカの漁は夜ではなく、昼に行われています。ホタルイカの特性として、暗いところを好んで生息しているので底引き網が適しています。
ホタルイカの身はあっさりと淡泊な味。一方、内蔵はうま味成分のひとつであるアミノ酸が多く甘味が強いので、はらわたごと味わうと特においしい。生ならコリッとした歯ざわり、茹でればむっちりとしたうまみが楽しめます。内蔵はビタミンA、Eがウナギなみに豊富でカロリーは半分以下。低脂肪EPA、DHAの比率も高く健康に良い食材です。

2015/01/31  

ズワイガニ

 

ズワイガニ

ズワイガニのオス
(松葉ガニ)

ゆでると鮮やかな赤い色になります。オスとメスでは、かなり大きさが違います。

メスはセコガニと呼ばれ、お腹にたくさんの卵をかかえています
●日本海の暗く冷たい海底に棲む
但馬では、ズワイガニのオスを「松葉ガニ」と呼び、メスを「セコガニ」と呼びます。オスは甲羅の幅が14~15cm、長くのびた足が特徴です。
ズワイガニはクモガニ科で、北限がベーリング海、南限は太平洋側で金華山沖、日本海側では朝鮮海峡までの海域に棲んでいます。日本海では、水深200~450m、水温1~4度の海底におり、肉食で、クモヒトデ、エビ、貝、魚、イカ、タコなどを食べ、共食いもするそう。
ズワイガニの一生を大きく分けると、卵→幼生→稚ガニ→幼ガニ→親ガニとなります。約1年間、親ガニ(セコガニ)に抱かれた卵は春にふ化し、プランクトン生活をする浮遊期間3ヶ月ののち、稚ガニになって海底で棲むようになります。その後甲殻を脱ぎ変えて(脱皮現象)成長していきます。最初の1年間に3回、2年目に2回、3年目からは年1回くらい脱皮し、7~8年で親になります。
この時点でオスの甲羅の幅は約8.3cm、メスが約7.5cm。メスはこれで成長が止まりますが、オスはその後も脱皮をくりかえして、甲幅14~15cmにまで成長します。脱皮の時期が近づくと古い甲殻の下に、もう1枚の新しい甲殻ができ、甲羅の部分が割れて抜け出てきます。脱皮した直後の時期は「ミズガニ」と呼ばれて、ぶよぶよとやわらかいのですが、その後しだいに硬さを増してきます。●但馬が誇る、冬の味覚の王様
「松葉ガニ」は冬の味覚の王様として人気があり、但馬では津居山港、竹野港、柴山港、香住港、浜坂港などの漁港で大量に水揚げされます。松葉ガニ漁は海底を網でひく「底曳き網漁」で、漁期は11月初旬~3月下旬(11月6日~3月20日ごろ)。
「松葉ガニ」の名前の由来には諸説あり、松葉のように長い足を持っているからとか、昔はカニをゆでるのに浜に大釜をすえて松葉を集めて燃やしたからとか、殻をはいだ脚の身を冷水につけると、松葉のようにバラバラに広がるから、などといわれていますが、どれも定かではありません。福井県などでは「越前ガニ」と呼ばれます。
ズワイガニのメスである「セコガニ」は、年中、腹に平均10万粒もの卵を抱えています。セコガニの保護のため、漁期は11月上旬~1月上旬(11月6日~1月10日ごろ)と短い期間です。

ちなみに、カニが泡をふくのは、水から出されると水中から酸素が取り込めないので、泡を出して、その表面にとけ込んだわずかな酸素をとり込むためで、いわば呼吸困難の状態なのです。

2015/01/31  

但馬の水産業【すいさんぎょう】

 

但馬の水産業【すいさんぎょう】
漁船
日本海へ繰り出す漁船

イカ釣り船
夕暮れに出港するイカ釣り船

松葉ガニ漁
松葉ガニ漁

●近代化の進む但馬の水産業
・但馬の漁港
但馬は日本海に面し、東は豊岡市津居山港から西は新温泉町(旧浜坂町)居組港に至る43kmのリアス式海岸に、たくさんの湾や入江、岬、そして100を数える大小の島や岩礁が散在しています。変化に富んだ景観をつくるとともに、豊かな磯物漁場を形成しています。
資源に富んだ日本海に、昔から多くの漁村・漁港が開かれ、なかでも日本海側屈指の香住漁港をはじめ、津居山、竹野、柴山、浜坂、諸寄などは早くからの良港として知られています。
但馬の漁業は、沿岸並びに日本海を主な漁場にして漁業生産に従事しています。
漁業種別でみると、「沖合底びき網」を中心に、「ベニズワイガニかご」と「沖合イカつり」を加えた沖合3種漁業の盛衰が但馬に大きな影響を及ぼしています。
魚種別では、各漁港ともにカレイ類、ズワイガニ、スルメイカが多く、このほかに香住、柴山、浜坂でベニズワイガニが多くとれています。ズワイガニ(マツバガニ)は高級名産品として、広く京阪神間に親しまれています。

・戦争前後の沖合漁業
但馬の漁業は沖合漁業を中心に発展をしてきました。
第二次大戦前はわずか10t程度の小船で、コンパスひとつで60時間余り走り続けて、沿海州沖(ソ連領)まで出漁する底引漁業が香住を中心とする但馬の漁港をにぎわせました。
戦中、底引漁船は戦争に徴用され、数多くの漁船が沈没するなど大きな被害を受け、漁師も多数犠牲になりました。ところが、戦後はこの沈没船が魚巣となり、戦中ほとんど漁獲をしなかったこともあって魚がふえ、豊漁が続きました。しかし、昭和50年代に入って減少傾向になってしまいました。

・漁船の発達
明治35年、香住浦漁業組合(初代組合長・長熈ちょうひろし)が創設されました。当時の漁業は、地引き網または手ぐりの網漁、はえ網漁でしたが、長組合長は発動機船の導入を漁民に説き、自ら購入して漁民に操業させ、これが日本海における発動機船底引網漁業の先駆けといわれています。
さらに明治末期には地元香住で発動機付漁船を建造し、但馬の漁船は急速に近代化されました。現在では高度な電波機器や漁ろう機械などのハイテク装備が装備され、安全と効率化が図られています。

・漁場と魚の保護
沖合漁業は、東経130度以東の日本海を舞台として、沖合底びき、沖合イカつり、ベニズワイガニかご漁業が操業されています。ロシア、朝鮮民主主義人民共和国、大韓民国の各沿岸域は、各200海里水域ラインが設けられ、漁場の制約の中での操業が続けられています。このラインは魚の保護育成のため、国際間で制限海域をとり決めています。
日本海域では魚の保護育成対策として、稚魚の漁獲は禁止し、漁期の制限も実施しています。

 

あゆ釣り
解禁と共にあゆ釣りを
楽しむ
●内水面漁業
但馬には河川・池沼などがあり、漁業が行われています。但馬の清流で育つあゆは、体型優美で香気ありとされて、昔から円山川中流や支流の八木川(俗称:八木太郎)、大屋川(俗称:大屋次郎)、さらに矢田川、岸田川、竹野川の河川で、毎年6月の解禁とともに一斉につり糸を垂れ、京阪神の釣師に高く評価されてきました。しかし河川の水量は減り、水質は悪くなるなどの環境変化で、初夏の風物詩あゆ釣りは大屋川、矢田川など一部の河川に限られるようになりました。
近年、下水処理施設が整備され、河川の水質改善を図ってきた河川では、あゆ、ます、さけの遊魚や、あまごなど渓流魚の放流を進め・漁業資源の増大をめざして取り組んでいます。

2015/01/31  

但馬の農業【たじまののうぎょう】

 

但馬の農業【たじまののうぎょう】
棚田

棚田
稲刈り
稲刈り

●良質米の安定生産を目ざす稲作

稲は古代から作られ、中・近世には新田開発が進み、明治以降の品稲改良など稲作技術の進歩によって、わが国全土に米作りがひろがりました。
但馬においては、沖積平地や段丘地、山腹に棚田がひろがり、700~800mの高地にいたるまで、わずかな水があれば、水田が開かれています。しかし、但馬は山岳急峻な地形にあり、水田面積は総面積のわずか6%弱で、兵庫県の12%の2分の1しかありません。近年では水田の効率利用を進めるほ場整備や農道の整備が行われ、機械化農法に変容をとげてきました。台風などの自然災害の被害を少なくする稲作の工夫、病虫害防除対策など技術の進歩により、収穫量が増加、安定してきました。
但馬の穀倉と称される六方田んぼを有する豊岡市をはじめ、円山川沿いに平坦地の多い、豊岡市、朝来市、広長な谷筋や無数の棚田を有する多事全域は多収穫地域に挙げられます。

しかし、反面、人々の食生活の変化に伴う米離れ現象により、米の需要は落ち込んできました。昭和46年の稲作転換対策にはじまり、水田利用総合対策、水田利用再編対策などにより、山間の棚田は相次いで植林され、大豆やさといもなど転作物が、米にとって代わる傾向にあります。さらに、アメリカやタイ、中国などでは、安い価格で米が生産されているため、日本で稲作自立経営では規模拡大によるコストダウンが必要となってきています。おいしくて、安全性の高い米作りが重要とされています。

 

大根畑
養父市杉ケ沢高原の

轟大根畑

●立地を活かした特色ある野菜づくり

但馬の畑地はすこぶる広く、農家の周辺に自給生産を目的とした総合野菜園のイメージがありますが、近年では、高原山野を、国・県の助成を得て造成した野菜団地が脚光を浴びています。また、但馬には開発有望地が多くあり、今後が注目されています。
野菜生産の概要は、豊岡市日高町の広大な神鍋高原、養父市関宮・大屋の南但馬高原などの高冷地野菜、豊岡市、朝来市の平地における多品目野菜が目立っています。中でも神鍋高原のスイカやキャベツ、養父市杉ケ沢高原やおおや高原の大根は表日本市場には欠かせない作物として取引されています。

 

なし園
香美町香住区のナシ園
●ブランド生産をすすめる果樹栽培
但馬を代表する果樹栽培は「ナシ」です。生産の多くを香美町香住区、続いて新温泉町など各地で産地ブランド化をはかりながら、但馬各地でひろく栽培されています。香住のナシ作りはナシの先進地鳥取に似ている適地であることから昭和4年に、兵庫県農事試験場がナシ栽培地委託試験地として、香美町香住区下浜村に58本を植えたことからはじまりました。兵庫県にとってもこの地が「兵庫二十世紀ナシ発祥の地」であるといわれています。その後、急斜面の山を開墾し、次々に苗木を植え育て、糖度が高く肉質の良い甘み豊かで、見て美しいナシづくりをめざし、今日のブランド香住ナシをつくりあげました。

その他の果樹では、ブドウが豊岡市を中心に香住、日高、養父、和田山などで栽培されている他、山野に富んだ但馬の地域性を活かして、柿、栗、梅が各地で生産されています。また、生産だけにとどまらず、体験活動やレジャー、レクリェーションとしての観光果樹園も行っています。