2018/01/16  

但馬の文学・映画ゆかりの地

 

但馬の文学・映画ゆかりの地
【たじまのぶんがく・えいがゆかりのち】

城崎温泉


竹田城跡

魚ヶ滝


JR鎧駅

今子浦


湯村温泉

加藤文太郎記念図書館


山田風太郎記念館

豊かな自然を有する但馬は、多くの作品の舞台に選ばれてきました。その様々な表情は世界観を形作る土台として、また映像を整えるロケーションとして、彩りを添えています。

城崎温泉(豊岡市)
豊岡市が誇る山陰の名湯「城崎温泉」は、昔から多くの文人墨客に愛されてきた情緒ある町です。その町並みは「駅は玄関、道は廊下で宿は客室」のように「城崎温泉はひとつの宿」といわれてきました。怪我の養生のため緑豊かで静かなこの地を訪れた志賀直哉は、蜂、鼠、いもりの死を淡々とした語り口で見つめ、生死一如の調和的世界への予兆を名作『城の崎にて』で書き上げました。他にも代表作である『暗夜行路』にも、城崎を旅する一文が登場します。また当温泉地は島崎藤村、有島武郎、泉鏡花など多くの文人に愛されました。
城崎文芸館ではゆかりの品を紹介している他、外湯やゆかりの地には文学碑が建てられています。秋も終わりに近づく一日、物語に思いを馳せながら彼らが歩いた道を散歩してみるのはいかがでしょうか。
・城崎温泉観光協会 0796-32-3663
・豊岡市城崎町湯島 
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竹田城跡(朝来市)
天空の城として有名になった竹田城跡。南北400メートル、東西100メートルの総石垣造りの遺構が残る日本屈指の山城では、時代劇の撮影が行われています。映画『天と地と』や『天地明察』、大河ドラマ『「軍師官兵衛』のロケ地として使用されました。また、名優・高倉健の遺作となった映画『あなたへ』では、主人公が妻との思い出の地である竹田城跡へ訪れ、音楽祭を回想するシーンで登場します。立雲峡から撮影した雲海に浮かぶ竹田城跡も見どころです。
・情報館 天空の城  079-674-2120
・朝来市和田山町竹田 
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魚ヶ滝(朝来市)
朝来市生野町にある「魚ヶ滝」は市川の源流にあたり、清らかな水の流れる渓流として知られます。名前の由来は、川の中ほどにある大きな岩が、まるで魚が滝を登っている姿に似ていたことからつけられたそうです。
2007年には、松山ケンイチ主演、2009年公開の映画『カムイ伝』のロケ地として使用されました。魚ヶ滝では、領主水谷軍兵衛の愛馬の白い足を切り落としたシーンなどが撮影され、渓流の美しい風景が登場しています。
普段は静かな渓流も、夏場はアウトドアの拠点として、川遊びや魚のつかみどりなどでにぎわいます。涼を感じる避暑地として、京阪神からたくさんの家族連れが訪れます。近くには魚ヶ滝キャンプ場や自然休養村「魚ヶ滝荘」があり、泊りで楽しむことができます。
・生野町観光協会 079-679-2222
・朝来市生野町上生野魚ヶ滝
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JR鎧駅(香美町)
小説『海岸列車』の舞台でもあり、ドラマ『ふたりっ子』・『砂の器』のロケ地にも使われた香美町は、日本海に面した漁師町です。
「トンネルを抜けると、高架のようになった鉄路の下に鎧の村が見え、列車は速度を弱めた」とは宮本輝の小説『海岸列車』の一節ですが、兵庫県香美町にある山陰本線の鎧駅は、物語の主人公である兄妹が「人間の拠りどころ」を求めて何度も降り立った場所です。幼いころ母親に捨てられた兄妹は、このどこまでも続く紺碧の日本海と青空を見つめ何を思ったのでしょうか。
また、この海を見下ろす美しい風景は、「青春18きっぷ」のポスターにも使われています。隣の餘部駅へと続く遊歩道は、かつて生活道として使用されていて、途中には日本海や余部橋りょうなどの絶景が楽しめます。
・香美町香住観光協会 0796-36-1234
・香美町香住区鎧 
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今子浦(香美町)
2010年公開の『ノルウェイの森』は、日本を代表する小説家・村上春樹が1987年に執筆した同名長編小説を原作とした映画。小説の発行部数は1,000万部を超える大ベストセラーとなっています。
自殺した親友の恋人だった直子(菊地凛子)と大学の同窓生・緑(水原希子)との間で揺れ動く主人公ワタナベ(松山ケンイチ)の青春の葛藤を描いた究極の恋愛物語。
トラン・アン・ユン脚本・監督で製作。日本では2010年12月11日に公開されました。主演は松山ケンイチ、菊地凛子、水原希子。日本を舞台としたロケーション・ハンティングが行われ、兵庫県神河町の砥峰高原・峰山高原、香美町の香住海岸(今子浦千畳敷)のほか、早稲田大学、上野桜木の東叡山浄名院などで撮影が行われました。
・香美町香住観光協会 0796-36-1234
・香美町香住区境 
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湯村温泉(新温泉町)
開湯1,150年の歴史を誇る山陰の名湯「湯村温泉」。湯村温泉街を舞台にした吉永小百合主演のドラマ『夢千代日記』の人気により、夢千代の里として一躍有名になりました。98度の高熱泉が湧き出る温泉街のシンボル「荒湯」の近くには、吉永小百合をモデルにした夢千代像が建てられています。また、足湯がある石垣には原作・脚本をした早坂暁をはじめ、ドラマの出演者や著名人の手形が飾られています。
・湯村温泉観光協会 0796-92-2000
・新温泉町湯 
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加藤文太郎記念図書館・資料館(新温泉町)
社会人登山家・加藤文太郎は、明治38年新温泉町浜坂に生まれました。15歳の時神戸に就職し、仕事と勉学の道を歩みながら登山を続け、多くの山々を踏破していきました。当時は単独での登山はタブーとされておりパーティーで登るのが一般的でしたが、加藤は冬山での単独行動を次々に成功させ「単独行動の加藤」、また当時としては珍しいありあわせの服装から「地下足袋の加藤」と名を広めていきました。31歳という若さで閉じた加藤の生涯は、気象学者でもある作家新田次郎氏によって『孤高の人』として出版され、今も名作として人々に感動を与え続けています。
加藤文太郎記念図書館は、あじわら小径のすぐ側にあります。2階には加藤文太郎の遺品や資料を展示した山岳資料室があり、愛用の登山靴やピッケル、手帳を見ることができます。壁や展示台の足など、随所に散りばめられた山のモチーフも見どころです。
・加藤文太郎記念図書館 0796-82-5251
・新温泉町浜坂842-2 
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山田風太郎記念館(養父市)
作家・山田風太郎は本名を山田誠也といい、大正11年養父市関宮に生まれました。代々医者の家系に生まれ、幼くして両親を亡くしますが医者の道を目指し、東京医科専門学校(今の東京医科大学)に入学しました。当初は作家になろうとは考えていませんでしたが、在学中、探偵小説雑誌「宝石」の第一回新人賞に応募した『達磨峠の事件』が入選し、卒業後は作家の道を歩むことになります。伝奇小説、推理小説、時代小説など幅広く手掛けた山田は戦後の日本を代表する作家として活躍し、平成13年に亡くなりました。「忍法帖シリーズ」をはじめ、その多くの作品は映画化・ドラマ化され、今も根強い人気があります。
養父市にある山田風太郎記念館では、写真や愛用品・貴重な直筆原稿のほかに、執筆に使われた机や椅子などが展示されています。また周辺には生家や小さい頃に遊んだ神社があり、山田ゆかりの地を巡ることができます。
・山田風太郎記念館 079-663-5522
・養父市関宮605-1 
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2017/02/08  

但馬のアクティビティ

 

但馬のアクティビティ【たじまのあくてぃびてぃ】

たけのジオカヌー


かすみジオカヤック



ウォータージャンプ


フォレストアドベンチャー・朝来

ツリーイング&
シャワークライミング


スカイダイビング

スノーシュー


●海あり、山あり、川ありの自然豊かな但馬には、四季折々の特長を生かした新しいアクティビティがいっぱい!但馬の自然を肌で体感しよう

たけのジオカヌー(豊岡市)
環境省による快水浴場百選をはじめ、日本の渚100選、日本の水浴場55選、日本の水浴場88選に選ばれている豊岡市の竹野浜。海外や沖縄に匹敵する海の透明度は感動もので、エメラルドグリーンの海が広がります。
「はさかり岩」の奇岩や、鬼伝説の残る「淀の洞門」など、海から見上げる景色は迫力満点!5~9月の日本海は太平洋よりも穏やかで、ファミリーでも楽しめます。
特におすすめしたいのが、青の洞窟と呼ばれている「清瀧洞門」。洞門をくぐるとそこは神秘の世界。吹き抜けとなった空間からは光が射し込み、青の世界が広がります。体験できる施設も多く、テーマに沿ったモデルコースが用意されているので、初心者から上級者まで幅広く感動体験に導いてくれます。
・たけのスタイル推進協議会 0796-47-2020
・豊岡市竹野町竹野50-12(北前館) 
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かすみジオカヤック(香美町)
国の天然記念物「鎧の袖」をはじめ、奇岩・洞門が数多く点在している香美町の香住海岸。カヤックはジオパークを間近に体感できる最善の方法です。何万年もかけて造られた自然の造形から大地のパワーを直接感じることができます。
ほとんどの参加者が初めての人ばかりだそうで、初心者でも手軽に始められるのがジオカヤックの魅力。めがね洞門、鷹の巣島などのジオスポットが目の前にそびえ立ち、その圧倒的なパワーに感動して、どんどんリピターが増えています。1度行けばやみつきになること間違いなし。船では味わうことのできない壮大なスケールをぜひ味わってください。
・かすみジオカヤッククラブ 0796-36-3512
・香美町香住区香住1369(香りのお宿庄屋 内) 
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ウォータージャンプ(養父市)
1年中スキーやスノーボードの練習が可能な施設として人気の若杉高原。サマーゲレンデのアクティビティも盛りだくさん。バッグ&ウォータージャンプは、スキーやスノーボードでジャンプ台を飛び、フリースタイルジャンプやワンメイクジャンプがトーレニングできる施設です。
エアーマットやプールに着地するため、安全に練習ができます。本格的にトレーニングしたい人はもちろん、初めてでも全てレンタルで揃うため、着替えだけを持っていけばチャレンジが可能です。ソリでプールにダイブする「そりぽちゃ」は、子どもだけでなく大人にも人気です。
・若杉高原おおやスキー場&キャンプ場 079-669-1576(8〜17時)
・養父市大屋町若杉99-2
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フォレストアドベンチャー・朝来(朝来市)
朝来市のさのう高原では、フランス生まれの本格的なアスレチック体験ができます。フォレストアドベンチャーは自然を楽しむ一方で、森を守ることを目的に作られた施設です。専用のハーネスを身につけ、アトラクションをクリアしていきます。
ワイヤーに吊られた木の土台にバランスをとりながら進み、高台から「ジップスライダー」で一気に駆け下ります。心地よい風が森の中を駆け抜けるので、爽快感があります。仲間と協力しながら進むこともあるので、絆が深まるアクティビティです。
・フォレストアドベンチャー・朝来 090-6739-2195
・朝来市佐嚢66 
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ツリーイング&シャワークライミング(香美町)
美方高原自然の家とちのき村は「ツリーイング」を但馬でいち早く取り入れた先駆者的な場所。「ツリーイング」とは、ロープを使って木登りすることで、日本で生まれた造語です。樹木医が樹上作業を安全に行うために利用された木登りの技術が元になっています。
「イング」は「木に登る~Climbing」「木から学ぶ~Learning」「お互いに共有する~Sharing」の3つのイングを表しています。とちのき村では土日祝のみ、個人向け(家族や小グループ)のプログラムがあり、但馬の森の中で癒しを体験できます。
夏の暑さを吹き飛ばすアクティビティとして、おすすめなのが渓谷の水を浴びながら沢を登る「シャワークライミング」。貸し出し用のウエットスーツとヘルメットを身につけたら、川の中へ飛び込むだけ。サンショウウオも生息する矢田川の源流を登るので、川の水は驚くほどの透明感があります。夏でも水温は低く、とってもひんやりします。
コースの途中では滝をよじ登ったり、すべり落ちたり、滝つぼからダイブしたりと、まさに自然が創り出す急流すべりを楽しむことができます。ロングコースとショートコースが交わる場所にはトンネルもあり、子どもはもちろん、大人も童心にかえって自然とふれ合えます。
・尼崎市立美方高原自然の家とちのき村 0796-97-3600
・香美町小代区新屋1432-35 
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関西唯一のスカイダイビングスポット(豊岡市)
豊岡市のコウノトリ但馬空港には、関西唯一!!ここでしかできない体験があります。それができるのは、空港西側格納庫にある「スカイダイビング関西」。一人からでも飛べる数少ないスカイダイビングスポットとして、週末はもちろん平日も多くの予約客で賑わいます。この体験のために初めて豊岡を訪れる人も多く、高度3,500mまで上がることができるスカイダイビングスポットとしては、九州からも一番近い場所にあります。
何にも遮られない360°の絶景に興味はあるのだけど、イマイチ最初の一歩が踏み出せない。そんな人には、未経験でも気軽に挑戦できるタンデムコースがおすすめです。インストラクターに体を固定して飛ぶので、特別な道具や技術は必要はなし。約10分間の講習を受け、ジャンプスーツとハーネスをつけたら飛行機で空へ。そのまま上空3,500mに上り、大空に思いっきりダイブ!パラシュートが開いた後は、インストラクターが速度を調整してくれるので、ゆったりと空中散歩を楽しめます。
・スカイダイビング関西 0796-43-1002
・豊岡市岩井字河谷1598-35但馬空港 西側格納庫
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スノーシューウォーキング(香美町・新温泉町)
誰も足を踏み入れていない白銀の世界を歩き回ることができる「スノーシュー体験」。スノーシューとは、北米生まれの雪上歩行用具のこと。日本にもかんじきがありますが、かかとの部分が固定されておらず、雪の上でも歩きやすくなっています。
香美町の木の殿堂では、スノーシューの体験プラグラムが用意されています。普段行けない雪深い場所にも行けるのがスノーシューの魅力。自然が造り出した雪の造形、動物たちの足跡など、冬山ならではの景色を見ることができます。
・兵庫県木の殿堂 0796-96-1388
・香美町村岡区和池951
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新温泉町の上山高原エコミュージアムでは、日本の昔ながらのかんじきを履いてかんじきハイキングのイベントがあります。かんじきは自分の手で作ります。上山高原に点在する滝までハイキングを楽しむコースです。・上山高原ふるさと館 0796-99-4600
・新温泉町石橋757-1
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2014/08/16  

黒田官兵衛・豊臣秀吉ゆかりの地めぐり【くろだかんべい・とよとみひでよしゆかりのちめぐり】

 

黒田官兵衛・豊臣秀吉ゆかりの地めぐり
【くろだかんべい・とよとみひでよしゆかりのちめぐり】

史跡生野銀山
竹田城跡
(写真提供:吉田利栄)


八木城跡


出石城跡


出石皿そば


豊岡陣屋跡
(豊岡図書館)


カバンストリート
カバンステーション


御殿山公園
(村岡藩陣屋跡)


法雲寺・山名蔵


城山園地(芦屋城址)

●関連情報
2014年大河ドラマ

●NHK大河ドラマ『軍師官兵衛』
豊臣秀吉の軍師として、天下取りを支えた戦国武将・黒田官兵衛。織田信長より中国攻めの総大将に任命された秀吉にとって、中国の雄・毛利氏と対峙する上で、但馬・播磨の諸将を抑えることは非常に重要なことでした。秀吉は2度但馬攻めを行い、その際には官兵衛も活躍したとされます。その後、但馬を治めた秀吉は、出石城に前野氏、豊岡城に宮部氏、竹田城に赤松氏、八木城に別所氏といった信任の厚い家臣を配置しました。現在もこれらの4城には城跡とともに城下町の風情が残っています。秀吉を助けた天才軍師「黒田官兵衛」
 天文15年(1546)、姫路城で黒田職隆の嫡男として生まれた黒田官兵衛。父・職隆は播磨国で力を持っていた御着城主・小寺政職の家老として仕え、官兵衛も16歳の時に政職の小性として出仕しました。若くして信任を得て、後に家督と家老職を継ぎ、姫路城代として小寺氏を支えました。
天正3年(1575)、織田方につくか、毛利方につくかで悩んだ政職に対して、織田につくよう説得。岐阜城で織田信長に会うと、中国攻めを進言しました。この際に秀吉と運命の出会いを果たし、鳥取城の兵糧攻めや備中高松城の水攻めなど、中国の雄・毛利勢との戦いで数々の功績を挙げました。
二人の運命を変えたのは、明智光秀による「本能寺の変」。主君・信長が討たれたことに泣き叫ぶ秀吉に対し、「御運が開けましたな」と言って、すぐに光秀を討って天下を取ることを進言したと言われています。
中国大返しを指揮し、山崎の戦いで見事、光秀を打ち破った秀吉と官兵衛。官兵衛はその後も側近として仕え、秀吉の天下統一に大きく貢献しました。

●官兵衛・秀吉ゆかりの地

竹田城跡・史跡生野銀山【朝来市】
 天空の城として有名な竹田城跡。大河ドラマ『軍師官兵衛』のオープニングタイトルバック、第一話にも登場し、ロケが行われました。竹田城下町には古民家を改装したカフェやレストランもあり、まち歩きに最適です。
天正5年(1577)の竹田城の戦いでは官兵衛も城攻めに加わったとされています。特に竹田城主が管轄してきた生野銀山は財源を確保する上で重要な場所で、この銀山確保を最初に進言したのは官兵衛であると言われています。史跡生野銀山は現在、観光坑道として一般公開されており、明治以降の近代的な坑道と江戸時代以前の手掘りの跡を同時に見学することができます。

八木城跡【養父市】
 但馬の代表的な山城遺構で、今も石垣・曲輪などの城跡が残っています。山名四天王の1人・八木氏が代々城主を務め、秀吉による但馬攻めによって落城しました。その後は秀吉の家臣である別所氏が治めました。
また、旧城下町には元々旅館だった建物を改装した「八木城交流館」があり、八木城について地元の人と語り合えます。

出石城跡と城下町出石【豊岡市】
 但馬守護・山名氏の本拠であり、秀吉による但馬攻めによって山城であった有子山城は落城しました。その後、弟の秀長が城主になるなど、但馬を治める重要拠点とされました。江戸時代に入ると、小出氏が治め、不便である山城は廃され、ふもとに出石城が築かれました。現在は城郭を残すのみとなっており、春は桜、秋には紅葉のスポットとしてシーズンには観光客で賑わいます。
また、江戸時代、5万8千石の城下町として栄えた町は但馬の小京都と言われ、国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されています。町内には40以上のそば店があり、5枚の小皿に盛られた「出石皿そば」が名物となっています。

豊岡城址(神武山公園)と城下町【豊岡市】
 豊岡市街地の中央に位置する桜の名所、神武山公園。ここはかつての豊岡城の本丸跡であり、山頂からは市街地が一望できます。官兵衛とともに秀吉を支えた有力家臣・宮部継潤(善祥坊)が治め、この際に「豊岡」と改名されました。善政をしいたとされ、市内の御霊神社は継潤を祀っています。
武家屋敷があった京町には古民家が残り、大石内蔵助の妻・りくは、豊岡藩の家老・石束家の出身で、生家跡の脇に生誕碑が建立されています。近くの宵田通りは「カバンストリート」と呼ばれ、地場産品であるカバンを販売するお店があります。

村岡藩陣屋跡(御殿山公園)と城下町【香美町】
 七美五郷の中心地として栄えた香美町村岡区。江戸時代、村岡を治めた山名氏の初代・豊国は名門山名氏の末裔であり、晩年は秀吉の御伽衆(相談役)を務めました。陣屋跡である「御殿山公園」は緑のきれいな散策コースとして整備され、桜・紅葉のスポットです。周辺には城主の妻が生活した奥方部屋や歴代藩主の墓所が残っています。城下町にある「法雲寺」は山名氏の菩提寺であり、境内の史料館「山名蔵(有料)」には、山名氏ゆかりの武具や書画などを展示しています。

芦屋城址(城山園地)【新温泉町】
 官兵衛が活躍した鳥取城攻めの際に敵対した「塩治周防守」の居城であったのがこの「芦屋城」です。別名を「亀ヶ城」と呼び、日本海を眼前に断崖絶壁に囲まれた城は、天然の要害となっています。現在は城山園地として日本海が一望できる公園として整備されています。桜の名所としても名高い場所で、ここから見渡す景色は昼間はもちろんのこと、夕方は日本海に沈む夕日が格別。恋人の聖地にも選定されていて、デートスポットとなっています。


●散策モデルコース

●官兵衛・秀吉ゆかりの地マップ

 

2014/08/11  

平家伝承ゆかりの地【へいけでんしょうゆかりのち】

 

平家伝承ゆかりの地【へいけでんしょうゆかりのち】

百手の儀式(御崎)
平家蕪(御崎)
白山神社(気比)
弁天公園(城崎温泉)


田久日の供養塔
田久日地区


三尾大島(三尾)
八柱神社(三尾)


姫ケ淵(横行)
横行渓谷の入り口にある湧き水(横行)


黒川ダム(黒川)
屏風神社(黒川)

●関連情報
香美町平家の落人伝説


●但馬に伝わる平家の伝承をたどる

香美町香住区余部(御崎)
 但馬の中でも色濃く平家の伝承を伝える香美町の御崎地区。壇ノ浦の戦いに敗れた、平清盛の異母弟である門脇宰相教盛を大将とする7人がこの地にたどり着いたとされます。山中から立ち上る一条の炊煙をたよりに崖をよじ登り、そこで出会った高野聖に土着を勧められた一行が、この地に身を置いたというのが村の始まり。毎年1月28日には、地区内の平内神社で、平家再興を願う神事「百手の儀式」が行われます。門脇、伊賀、矢引の武士に扮した3人の少年が、的に目がけて101本の矢を射ます。
平内神社の脇には平教盛(門脇宰相)の供養碑が佇んでいます。また、息子の嫁である小宰相の局と孫の道家の供養塔もあります。漂着した平家一行の家柄は、門脇家・伊賀家・矢引家と、今でも代々御崎地区に伝わっています。
また、春先に集落一面を黄色に染める蕪の花も、平家の伝承が残っています。この蕪は「平家蕪」と呼ばれ、なぜか御崎地区だけに咲き誇ります。伝承では食糧に窮した門脇宰相の一族が、神に祈願をしたところ、この蕪に恵まれるようになったと伝わります。地元では主に葉と茎の部分を漬物にして食します。日本海と黄色の花びらが相まって絶好の写真スポットであり、シーズンはカメラマンで賑わいます。豊岡市気比・城崎温泉
 遠浅の砂浜が続く豊岡市の気比の浜。夏は海水浴、冬は対岸に位置する津居山港で揚がる「松葉がに」を目当てにたくさんの観光客で賑わいます。この風光明媚な里は、平家の侍大将であった平盛嗣が源氏の追っ手から身を隠したと伝わる場所。『平家物語』では越中次郎兵衛の通称で知られ、豪勇を讃えられる名将です。平家の家臣として、源氏との幾多の戦いに参戦しました。
しかし、壇ノ浦の戦いで敗れた後、この気比の地に逃れてきたといいます。この地を治めていた宮代将監(気比)道弘の家に、馬飼の下男として住むこととなりました。その後、道弘の娘である絹巻姫と結婚。平穏な日々を暮らしていた盛嗣ですが、やがて源氏の追っ手に見つかり、鎌倉にいる源頼朝の元へ護送されることになりました。盛嗣は頼朝の前でも屈せず堂々と自説を述べ、気骨のある平家武者として最後を遂げたといいます。地元の白山神社には、盛嗣の死を嘆いた絹巻姫が建立したと伝わる供養塔が残っています。
また、名湯「城崎温泉」に中心にある弁天公園にも供養塔があり、盛嗣も戦いの傷を癒すため、湯治に訪れたのかもしれません。

豊岡市竹野町田久日
 豊岡市竹野町田久日はかつて陸の孤島と呼ばれ、昭和40年に但馬海岸道路が開通するまで、船で移動するか、海岸沿いの険しい山道をつたわないと訪れることができない場所でした。平家伝承が残る海辺の村として、隣村の宇日地区ともに知られています。
平家の侍大将である「藤原景清(悪七兵衛)」と、「平盛嗣(越中次郎兵衛)」が但馬で最初に落ち延びた場所といい伝えられています。『平家物語』ではともに、豪勇として描かれている二人。地区内の高台にある公民館の脇には、その功績を讃える供養塔(碑)が残されています。村はずれには「舟隠し岩」や、武具や兵器を隠したといわれる石窟場所もあります。
また、大正の始めまで、同じ平家の里である香美町御崎地区とは、大晦日にのろしを上げあって互いの無事を確かめ合っていたともいいます。

新温泉町三尾
 眼前には三尾大島が優雅に浮かぶ新温泉町三尾地区。香美町の御崎地区と林道で結ばれ、平家の隠れ里ともいわれています。集落のシンボルである「三尾大島」は、周囲が約800メートルもある小島。頂上付近には厳島神社が祀られていることから、先祖は平家と関係があったのではないかと推測されています。そのことを示すかのように、氏神である八柱神社の例祭には、平家の旗印でもある赤いのぼり旗を掲げます。
「御火浦」というどことなくロマンチックな地名。名前の由来は、その昔、神功皇后が朝鮮半島へ出兵した際の出来事が始まりといわれています。三尾の日和山で漁師が焚いたかがり火が見えて、難を逃れた皇后は、そのお礼として「御火浦」という名を授けたとされます。その後度々、大火に見舞われたため、元の「三尾浦」に戻ったと伝わります。

養父市大屋町横行
 養父市大屋町栗ノ下から氷ノ山に登るコースにある横行渓谷はヤマメの泳ぐ美しい谷です。10~11月頃の秋には、ブナ原生林の紅葉が美しく、周辺の山々が紅や黄色に色づきます。この美しい渓谷には、ある平家一門の姫の悲しい物語が伝承されています。
由緒ある平家の姫とその家臣一行は、播磨の国から峠を越えて渓谷沿いを逃れている道中、この横行渓谷に辿り着きました。岩盤の丘に「平家ケ城」を築き、源氏の追っ手から身を隠します。平家ケ城から約1キロほど下った場所に、「見手ケ城」があります。ここに見張りをおき、旗を立てていました。その旗が倒れると敵の源氏が攻めてきた合図。しかし、台風のために旗が倒れ、城にいたお姫様は、敵に攻められたと思い、城の下を流れる渓谷に身を投げたといいます。この場所は「姫ケ淵」と呼ばれ、お姫様の悲話を今に伝えています。
生き残った6人の家臣は平家の家名を後世に伝えるため、横行地区に住んだといわれ、集落では、その場所を「六軒屋敷」と呼んでいます。

朝来市生野町黒川
 瀬戸内海に注ぐ市川の源流、朝来市生野町黒川。国道429号沿いを流れる源流部は「黒川渓谷」と呼ばれ、秋は紅葉の名所です。大きく屈曲した川筋は奇岩が多く、独特の渓谷美をみせます。
黒川には平家の落人伝承が伝わる地名が残っています。市道・長野線沿いにある「ホソビラの平家塚」は、かつて平家の武者が住みついたが、流行病により没落したと伝わります。塚のそばにある榎の根元からは、錆びた刀が大量に出土しました。他にも直谷渓谷の奥には「平家墓」「平家の屋敷跡」といわれる場所もあり、屋敷跡に黄金の鶏を埋めたという伝承も残っています。
平家塚から国道を東へ進むと、屏風のようにそり立つ巨岩が見えます。その昔、この地に疫病が流行しましたが、ここから上流だけは被害がなかったといいます。以来、御神体として祀られています。ここからさらに奥に進めば、黒川の本村に到着。高さ98メートルの黒川ダムや美人湯で知られる黒川温泉があります。

2014/08/11  

川崎尚之助ゆかりの地めぐり【かわさきしょうのすけゆかりのちめぐり】

 

川崎尚之助ゆかりの地めぐり
【かわさきしょうのすけゆかりのちめぐり】

願成寺
川崎尚之助供養碑


宗鏡寺


出石城跡


出石皿そば

●関連情報
2013年大河ドラマ
「八重の桜」公式サイト


●NHK大河ドラマ『八重の桜』
山本八重の最初の夫、豊岡市出石町出身「川崎尚之助」

生い立ち
 天保7年(1836)に出石の本町に住む川崎才兵衛の子として生まれました。19歳の頃、江戸の大木仲益(後の坪井為春)などの高名な塾で蘭学や舎密学を学び、その頃に会津藩士で八重の兄でもある山本覚馬と出会いました。尚之助が、若くして洋式銃や兵法書の翻訳などに通じていたことが、会津藩砲術指南の跡取りだった覚馬の目にとまったのでしょう。
こうした縁あって尚之助は、会津に招聘されるごとく、山本家の居候として八重の実家で暮らし始めます。藩校の日新館で蘭学を教授し、銃器・弾丸の製造指導にも知識を発揮したようです。そして慶応元年(1865)尚之助が29歳の時、八重(当時21歳)と結婚しました。
●尚之助ゆかりの地

願成寺(がんじょうじ)
 川崎家の菩提寺で、山名氏創建であると伝えられています。由緒ある山門は江戸時代のもので、市の文化財に指定されています。
明治10年代に記された墓石明細簿には、尚之助と同じ没年月日の戒名が確認できます。墓地の所有者は、川崎才兵衛の息子川崎渉一。同じ墓域に才兵衛の墓もありました。戸籍をたどってもほかに該当者がいないことなどから、歴史研究家あさくらゆうさんは「郷里を離れて死んだ尚之助を弔ったとみて、ほぼ間違いないだろう」としています。
現在、墓石は残っていませんが、2013年に地元有志によって山門前に供養碑が建てられています。

宗鏡寺(すきょうじ)
 中世の大名、山名氏の創建で、出石藩主の菩提寺。荒廃していたお寺を元和2年(1616)に沢庵和尚が再興したことから沢庵寺とも呼ばれています。敷地には山名、小出、仙石家、そして沢庵和尚の墓碑があり、県指定文化財の庭園(沢庵和尚作)も備えています。江戸時代に川崎家はこの寺院に灯篭を寄贈しています。

川崎尚之助生家跡
 川崎家は文政末期(1830以前)には、この地に居宅があったことが確認されています。明治9年(1876)の大火により一度は焼失していますが、川崎渉一によって再建され、明治25年(1892)までこの家に住んでいました。建物は当時のもので、現在は化粧品店になっています。

出石城跡
 出石藩仙石家の居城。実際に藩主もこの地に居住しており、幕末維新期には川崎家も登城していました。
現在は城郭を残すのみとなっており、春は桜、秋には紅葉のスポットとしてシーズンには観光客で賑わいます。


●散策モデルコース

●出石散策マップ

 

2013/05/29  

但馬七花寺めぐり【たじまななかじめぐり】

 

但馬七花寺めぐり【たじまななかじめぐり】

高照寺


法雲寺


正福寺


遍照寺


蓮華寺


妙楽寺


隆国寺

●関連情報
但馬七花寺霊場


●素朴な人情と自然豊かな「心のふるさと」
「花」と「仏」に癒される小さな旅
 人情深く自然豊かな兵庫県北部・但馬の国。そこに千古の歴史を秘めて、ひっそりとたたずむ七ケ寺の花霊場があります。
「但馬七花寺霊場」は地域に活気と賑わいを取り戻そうと、平成24年4月29日に開創。人々の心を優しく柔軟にする花々は菩薩そのもので、生きた仏様のようです。各寺院では季節ごとに花々を楽しむことができ、荘厳な雰囲気は心を穏やかにしてくれます。
またこの霊場は、花に導かれて七花寺御本尊と縁を結び、抜苦与楽・開運招福と心願成就の祈願をすることもできます。各寺院のご本尊の宝印をすべて受けると、「満願札」を授かれます。

高照寺(木蓮と白萩の寺)
本尊は大日如来、ご祈願利益は健康・安心。ミツマタ、木蓮、土佐ミズキ、花桃、ショウブ、アジサイ、白萩、ヒガンバナ、紅葉などが主な花。
・079-662-2865
・養父市八鹿町高柳1156
・入山料300円

法雲寺(酔芙蓉と藩公菩提の寺)
本尊は釈迦牟尼如来、ご祈願利益は家運隆昌・家内安全。椿、牡丹、ツツジ、アジサイ、菖蒲、酔芙蓉、萩、ドウダンツツジ、紅葉などが主な花。
・0796-98-1151
・香美町村岡区村岡2365
・拝観料300円

正福寺(正福寺桜の寺)
本尊は不動明王、ご祈願利益は病魔降伏。境内の桜はガク片が10枚、めしべが最大6枚もあり珍しい。梅、正福寺桜、石楠花、牡丹、つつじ、あじさい、金木犀などが主な花。
・0796-92-0133
・新温泉町湯174
・祈願200円

遍照寺(桔梗の寺)
本尊は十一面観世音菩薩、ご祈願利益は除災円満・運気向上。桜、平戸つつじ、ささゆり、ききょう、ツワブキ、紅葉などが主な花。
・0796-36-3041
・香美町香住区小原616
・入山志納

蓮華寺(木月襖絵と紅葉の寺)
本尊は聖観世音菩薩、ご祈願利益は商売繁盛・学業成就。紅梅、椿、スイセン、シャクナゲ、木蓮、ツツジ、アジサイ、百日紅、蓮、紅葉などが主な花。
・0796-47-1350
・豊岡市竹野町轟366
・入山志納

妙楽寺(つつじと紅葉の寺)
本尊は薬師如来・秘鍵大師、ご祈願利益は厄除開運・交通安全。桜、さつき、しゃくなげ、桔梗、蓮、紅葉、椿などが主な花。
・0796-22-2259
・豊岡市妙楽寺86-1
・入山志納

隆国寺(牡丹の寺)
本尊は聖観世音菩薩、ご祈願利益は幸運福寿・金運隆昌。牡丹寺で有名(4月下旬~5月上旬)。紅梅、椿、桜、つつじ、さるすべり、桔梗、萩、紅葉などが主な花。
・0796-44-0005
・豊岡市日高町荒川22
・入山料200円