2011/11/21  

県立但馬長寿の郷【けんりつたじまちょうじゅのさと】

 

県立但馬長寿の郷【けんりつたじまちょうじゅのさと】

県立但馬長寿の郷
ふるさと庵

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●関連情報
但馬長寿の郷
産業の県立施設

●いこい、ふれあい、学び、楽しむ
誰もが安心していきいき暮らせる、ふれあいと生きがいに満ちた社会づくりをめざす拠点施設。「すこやからんど」の すこやかセンターには、体の動作にやさしい住宅改修モデルルームや最新の福祉用具の展示、車イスの体験コーナーをはじめ、研修のためのホールや介護実習室、視聴覚室、交流サロン、またレストランなどが整備されています。「ふれあいらんど」は、大きな茅葺き屋根に囲炉裏のあるふるさと庵、陶芸室や木工室、音楽堂、ファームガーデン、果樹園、棚田などがあり、「やすらぎらんど」は ロッジや宿泊施設があります。静かな里山で、いこい、ふれあい、学び、楽しむことができます。さまざまな手作り体験教室や交流イベントなども開催されています。

県立但馬長寿の郷
・079-662-8456
・兵庫県養父市八鹿町国木594-10
・無料(施設使用別途料金

ふれあい工房(陶芸室・木工室)のご利用は予約が必要です。
宿泊棟・ロッジ、研修棟、郷ホール、音楽堂などもご利用いただけます。
ご利用方法・料金等、詳しくはお問い合せください。

2011/11/21  

棚田オーナー【たなだおーなー】

 

棚田オーナー【たなだおーなー】
●関連情報

株式会社おおや振興公社
●米作りを体験、秋には新米が届くオーナー制度

おおや農村公園棚田オーナー【養父市大屋町】
1997年にオープンしたオーナー制の棚田。家族やグループが年3回の農作業に汗を流します。5月中旬~下旬に田植え、6月中旬~7月下旬頃に草取り、9月上旬~中旬頃に稲刈りをします。化学肥料や農薬を使わない、昔ながらの米作りを地元の人の指導を受けながら体験します。蛇紋岩地帯でつくる米は昔から美味しいと評判です。園内施設の割引制度などもあります。

株式会社おおや振興公社
TEL.079-669-1822

だんだん田んぼの会【香美町村岡区大笹】
香美町村岡区大笹は、冬はスキー客らで賑わう旅館街。2002年、旅館店主らが中心となり、地元の棚田でオーナー制度をスタートしました。毎年、京阪神からの家族連れやグループの参加があり、参加者は年3回、農業体験をします。秋には玄米30キロが自宅に届き、ハチ北温泉「湯治の湯」やスキー場リフト券の割引などの特典もあります。

ハチ北高原自然協会
TEL.0796-96-0732

2011/11/21  

但馬牛【たじまうし】

 

但馬牛【たじまうし】
放牧
庭先

但馬牛を飼う但馬の人々は、牛を家族の一員として一つ屋根の下で共に寝起きして、雪深いきびしい風土に生き、温和で姿美しい但馬牛を大切に育ててきました。

■但馬牛博物館
・新温泉町丹土1033
・TEL.0796-92-1005
・午前9時~午後5時
・木曜定休
(休日と重なった
場合は次の平日)
・入館料/無料

●関連情報
新温泉町役場
但馬牛博物館

●但馬牛とは
農耕用の機械が導入されるまで、農家は農業の働き手のひとつとして、各家庭に1頭は牛を飼育していました。家族の住む母家に同居させ、我が子同様に愛情を注ぎ、大事に育てたと言います。起伏に富んだガタガタ道は、牛の足腰を丈夫にし、但馬特有の夏の湿気と冬の寒気がよい毛並みをつくりました。子牛は競り市で売られ、農家の大事な収入源でした。優良牛の育成を目指して、よい特性を備えている牛を選び、何世代もの近親繁殖を繰り返す間に、その優れた特質が固定され、血統(蔓牛)をつくってきました。現在も兵庫県外の優良牛との繁殖はせず、純血を守っています。

●但馬牛を創った男「前田周助」
現在の但馬牛の歴史を語る上で、なくてはならない人がいます。香美町小代区に生まれた前田周助(1797~1872)です。牛の取引と小代牛の宣伝のために、わざわざ大阪の市場まで牛を連れて出かけたという逸話が残る人物。彼の人生はまさに但馬牛とともに生きたと言えます。周助は「蔓(つる)牛」の開発に一生をかけました。「蔓」とは、他地域との交流を避けた「閉鎖育種」の方法で生み出された、発育・資質・繁殖性の優秀な牛の血統のことを言い、その系統牛を「蔓牛」と呼びます。但馬牛の優れた特質は、長年に渡り、他との交配をさけ、改良に改良を重ねて受け継がれた優良な血統から生み出されました。

「蔓牛」を創り出すことで、安定的に優秀な子牛が生産することができます。周助は系統牛になりそうな牛がいると聞けば、東へ西へと駆け回りました。そのためには私財を投げ打って、牛を買い求める毎日。そしてついに100年に一度の雌牛を手に入れました。飼料の選定から一切の手入れ、特に繁殖には多年の研究と経験の全てを注ぎました。こうして周助の生み出した牛は「周助蔓」と言われ、現在の但馬牛の代表的な蔓のひとつ「あつた蔓」の素となりました。

●伝説の但馬牛「田尻号」
昭和14年に香美町小代区に生まれた伝説の雄牛「田尻号」。全国和牛登録協会の資料によると、全国の黒毛和種繁殖雌牛の99.9%が、「田尻号」の血統に繋がることが分かりました。名だたる高級黒毛和牛の母牛の大部分が、この「田尻号」をルーツに持っています。明治に入り西洋文化の影響で肉食が盛んになると、日本の小型の牛を改良するため、体格のよい外国の牛と交配させることが進められました。但馬でも例外ではなく、外国牛との交配が行われましたが、肉質の低下を招き、優良な血統牛を失いかねない危機におちいります。

第二次世界大戦後、但馬牛の純牛種を守ろうと、新しい血統作りが始まりました。ここで注目されたのが「周助蔓」。険しい山々と深い谷あいにあり、隣村との行き来が困難な小代には、外国牛との交配を免れた但馬牛が奇跡的に生き残っていました。中でも田尻松蔵が丹精込めて育て上げた「田尻号」は、生まれて半年で美方郡の種オス牛候補として認められた名牛。特に遺伝力の強さは他の雄牛の中でも群を抜いていたと言います。

但馬の山間部では家の玄関の横に牛小屋があり、昔から家族同様に牛が育てられてきました。松蔵も「田尻号」を我が子のように可愛がり、毎日運動と手入れを欠かさなかったそうです。そのおかげでほとんど病気をすることもなく、昭和29年まで種牛として活躍しました。昭和30年には長年の功績を讃えられ、黄綬褒賞を受賞しています。


●但馬牛の特徴

1.資質が抜群によい
毛味、色味、骨味が良く皮は薄く、弾力ゆとりがあり、
品位に富み体のしまりが良い。
2.遺伝力が強い
全国の和牛改良に広く活用されている。
3.肉質、肉の歩留りがよい
肉の味がよく、骨が細く皮下脂肪が少ない。
4.長命連産で粗飼料の利用性が良い
長命連産。山野草を好み、古来より
「但馬牛は、山でつくり、草で飼う」といわれています。

2011/11/21  

イヌワシ

 

イヌワシ

イヌワシ・国指定天然記念物
(場所は不特定)

大空を飛翔する姿はまさに風の王者
 

●関連情報
日本イヌワシ研究会

●風にのり、大空を悠々と飛翔する風の王者
両翼を広げると、畳よりひとまわりも大きいイヌワシは、山岳地帯の険しい断崖や高木の上に小枝を積んで、大きな巣をつくります。
スズメやトビのように里で見かける鳥ではなく、但馬では、氷ノ山山系に棲んでいます。主食はノウサギ、ヤマドリなど。空高く飛び、獲物を見つけると翼をすぼめて猛烈な勢いで下降し、すばやく捕らえます。
風格のあるその姿と大きさ、鳥の中でも最強の部類に属し、食物連鎖の頂点に位置しており、豊かな自然条件のもとでしか生きていけません。●絶滅の危機にひんする孤独な王者
イヌワシは、但馬以外にも全国に生息していますが、絶滅の危機にひんしています。兵庫県下のイヌワシも例外ではなく、スギ、ヒノキなど針葉樹の拡大で、主食のノウサギなどが減り、慢性的なエサ不足で体力が弱ったせいか、毎年連続でヒナを育てることができなくなってしまいました。
また、イヌワシは決まった狩り場をもっていますが、人間や車を極端に嫌います。最近、林道が増えて、そこに人間や車が入ってきて、エサの捕獲に影響が生じています。第二のコウノトリにしないためにも、保護活動や環境の保全に地道に取り組み続け、大空に悠々とイヌワシが舞う但馬を誇りにしたいと思います。

2011/11/20  

山路寺【さんろじ】

 

山路寺【さんろじ】

山路寺
・養父市大屋町山路

・障壁画(絵画)

県指定文化財

●片山楊谷の唯一の大作として知られる「障壁画」
山路寺「障壁画」の作者、片山楊谷は円山応挙にも師事した鳥取藩のお抱え絵師で、人物、花鳥、走獣の描画に卓越した作品を残しています。享和元年(1801)に世を去った楊谷が、その1年前に描いたとされる山路寺の障壁画は、現在知られる唯一の大作として県の文化財に指定されています。
「老松図」「猛虎図」「牡丹孔雀図」など、力強く緻密な描写から、但馬を代表する障壁画といえます。
山路寺は、永承2年(1047)に開創された寺院で、本尊は十一面観世音菩薩を祀っています。寛延3年(1750)の火災により、宝暦3年(1753)に現在の場所に再建されました。かつて9ヶ寺を末寺としていましたが、現在はそのほとんどが廃寺となっています。

2011/11/20  

蓮華寺【れんげじ】

 

蓮華寺【れんげじ】

蓮華寺
・養父市大屋町夏梅

・木造聖観世音菩薩立像
(彫刻)

県指定文化財

●別名「夏梅の庭寺」とも呼ばれる古刹
蓮華寺の「聖観世音菩薩立像」は、平安時代後期の作と推定されています。桧の一木造りで、内抉りはなく、両眼は彫出しています。境内の三重塔を改修したとされる、楼閣2階建ての赤堂の六角宮殿に安置されています。
蓮華寺は弘仁年間(810~824年)、弘法大師によって、帰命山安養寺として開創したと伝わります。江戸期に現在の蓮華寺と改名し、本尊の弥勒菩薩は江戸中期に奈良から勧請したものです。
蓮華寺には亀島を持つ阿字池と渓谷風の滝を持つ心字池の2庭園があり、市の文化財に指定されています。また、有数の紅梅の古木もあり、別名「夏梅の庭寺」とも呼ばれています。

2011/11/20  

福王寺【ふくおうじ】

 

福王寺【ふくおうじ】

福王寺
・養父市大屋町中

・木造阿弥陀如来立像
(彫刻)

県指定文化財

●平安時代と鎌倉時代の様式を合わせ持つ仏像
開創年代は明暦元年(1655)で、阿闍梨舜海が現屋敷に寺を造立したと伝わります。
本尊の「阿弥陀如来立像」は、高さ3尺(約97cm)、寄木造で鎌倉時代初期の作とされ、平安時代後期の丸顔を主体として、鎌倉時代のやや面長で厳しい表情が加わっています。また、脚部の着衣はY字形の衣紋の形式で、衣服の袖は薄く彫刻し、平安時代後期の特徴を示しています。県下でも美術史的な価値は高く、バランスのよい姿の美しい仏像です。 平安時代と鎌倉時代の様式をあわせ持つ仏像として大変貴重です。

2011/11/20  

今滝寺【こんりゅうじ】

 

今滝寺【こんりゅうじ】

今滝寺
・養父市八鹿町今滝寺

・鰐口(工芸品)
・木造金剛力士立像(彫刻)
・孔雀明王像(絵画)
・弁才天像(絵画)
・両界曼荼羅図(絵画)
・十六羅漢図(絵画)
県指定文化財

●鎌倉時代中期の特徴を表す「金剛力士立像」
山名四天王として知られる八木城主八木氏の菩提寺で、延久元年(1069)に創建とされています。当初は本堂を中心に九院三坊の寺院がありましたが、現存するのは本堂と仁王門だけです。仁王門の「木造金剛力士像」は、墨書銘から正嘉元年(1257)に制作されたもので、仏師は阿形像が澄玄、吽形像が淡路公と判明しました。彫刻は素朴かつ重厚で、鎌倉時代中期の特徴を表す力強い力士像です。
また、仏堂の正面軒先に吊り下げられた仏具の一種である「鰐口」は金口、金鼓とも呼ばれ、今滝寺に残るものは圏線が細く、繊細な鋳造がなされています。応永23年(1416)に寄進されたものです。

2011/11/20  

浅間寺【せんげんじ】

 

浅間寺【せんげんじ】

浅間寺
・養父市八鹿町浅間

・木造薬師如来坐像
(彫刻)
県指定文化財

●戦国武将・八木氏の庇護を受けた古刹
兵庫県の文化財に指定されている浅間寺の薬師如来坐像は、高さ110センチの寄木造り。衣を朱で彩色し、一見、穏やかなイメージの中にも厳しさを感じられる雰囲気を持ちます。頭部の螺髪は細やかで、衣の彫りも浅いことから、平安時代後期の藤原文化によるものとされています。
戦国武将の八木氏の庇護篤く、薬師如来坐像・十二神将像の修復、日光・月光菩薩像の制作は、元亀4年(1573)に八木城主・八木豊信の命によるものです。
また、薬師如来坐像を守護する武神「十二神将像」は、武器を持った甲冑姿で、それぞれの頭上に小さく十二支の形が彫られています。

2011/06/28  

コウノトリ

 

コウノトリ
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高速回線用 低速回線用
13.2MB 8.1MB
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