2011/06/22  

大わらじ・大ぞうり【おおわらじ・おおぞうり】

 

大わらじ・大ぞうり【おおわらじ・おおぞうり】
田ノ口賽の神祭
(豊岡市日高町)
・豊岡市日高町田ノ口

1月第2月曜日

 

田ノ口賽の神祭
豊岡市日高町/田ノ口/1月第2月曜日

賽(さい)の神は、道を遮り悪霊の侵入を防ぐ「道切り」の神として、古くから人々のあつい信仰を集めてきました。一般的には注連縄(しめなわ)をまつりますが、田ノ口では大きさ約1.5mの大草鞋(おおわらじ)と大草履(おおぞうり)をつくります。朝、氏子たちがお堂に集まってつくり、村の賽の神へ運びます。はしごを使って神木に奉納し、神事がとりおこなわれます。


大草履
安井の大草履(養父市)
・養父市安井

1月3日

 

安井の大草履
養父市/安井/1月3日

安井地区で、村を守るための厄除け祈願として古くから行われている神事。男たちが、きれいな打ちわらを少しずつ持ち寄って大草履をつくります。作るのは片方だけで、幅約1m、長さ約1.3mという大きなもの。大草履づくりに関わるのは6~7人で、あとの人たちは家族の無病息災を祈願するための小草履を片方ずつ作ります。

2011/06/22  

だんじり祭り【だんじりまつり】

 

だんじり祭り【だんじりまつり】
だんじり祭り
だんじり祭り
(豊岡市城崎町)
・豊岡市城崎町湯島

10月14~15日

 

だんじり祭り
・豊岡市城崎町/湯島/10月14~15日

古くから続く四所(ししょ)神社の祭で、多くのしきたりがあります。四所神社を中心に上部・中部・下部に分け、だんじり経験の年功による階級的な役割が決められ、職名や服装も独特なものがあります。特にだんじり組織の階級は家柄、社会的地位、学歴などに関係なく、純粋にだんじりを動かす組織人としても強い絆となっていています。

温泉源泉の守護、五穀豊穣、町内安全の祈祷をして廻り、神輿(みこし)の巡行に上部の「神輿太鼓」がお供をする形で加わり、これに下部の「大だんじり」が仲間に入りたがりますが、上部の神輿太鼓が排除するというもので、湯島地区内のいわれのある各所で、上部の神輿太鼓と下部の大だんじりがセリを繰り広げます。クライマックスは、一の湯前の三つ巴の争い。大だんじりはいかなる場合にも、神輿に突っかけることが許されていません。

見物の人たちは互いにすきをねらう対策を楽しみながら、だんじりの動きを見守ります。最後は神輿が四所神社に無事に戻され、祭りは終わります。

2011/06/22  

お走り祭り【おはしりまつり】

 

お走り祭り【おはしりまつり】
お走り祭り
お走り祭り(養父市)
・養父市養父神社から斎神社

4月15日~16日

●関連情報
養父市役所

 

お走り祭り
・養父市/養父神社から斎神社/4月15日~16日

祭りの由来は、昔々、但馬がまだ泥海だったころ、但馬五社の神様たちが、養父町斎(いつき)神社の彦狭知命(ひこさしりのみこと)に頼んで、豊岡市瀬戸を切り開いてもらい、豊かな大地が生まれたので、養父大明神が代表として、彦狭知命にお礼参りしたことからはじまったとされています。

また、神功(じんぐう)皇后が三韓出征の帰路、養父神社に「葛(くず)の葉餅」を献上され、その一部を斎神社にお供えされたという故事にちなんでいるともいわれています。さらに、この時養父大明神はみたらし渕に泳いでいる「鮭の大王」の背に乗ってこられたとも伝えられ、鮭を川の使い、または川にいる神とする信仰も、お走り祭りに結びつけられたと考えられています。

祭りの朝、「ハットウ、ヨゴザルカ」とかけ声をかけ合いながら、みこしは養父神社を出発。斎神社までの往復40キロの道のりを重さ150キロのみこしを担いでいきます。みこしがまるで軽く走っていくように見えたことから「お走り」という名が付いたといわれています。

現在は、この道のりをすべて走るのではなく、途中は車で運ばれています。養父神社を出発したみこしは、養父町三谷の厳島(いつくしま)神社で斎神社のみこしと合流し、錬りあった後、養父町建屋で一泊。斎神社に参った後、再び建屋で2台のみこしは練り合って別れを惜しみ、それぞれの神社へと帰っていきます。

現在は春の祭りとしておこなわれていますが、もとは12月ひつじの日、帰りは翌日で、古くから「未(ひつじ)走りの申(さる)戻り」といっていました。ところが、旧暦12月は厳寒のころで、川渡りが大変であったことから、明治10年(1877)に、池山の弁天(現厳島神社)祭りの日になったということです。また、養父神社から斎神社への道筋も昔は、険しい御祓山(みはらいさん)を登って行ったという記録が残されており、荒行だったのでは?という説もあります。

2011/06/22  

中嶋神社菓子祭り【なかしまじんじゃかしまつり】

 

中嶋神社菓子祭り【なかしまじんじゃかしまつり】
菓子祭り
中嶋神社菓子祭り
(豊岡市)
・豊岡市中嶋神社
4月第3日曜日
 

中島神社菓子祭り
・豊岡市/中嶋神社/4月第3日曜日

中嶋神社の祭神・田道間守命(たじまもりのみこと)は、「菓祖」(菓子の神様)として全国の菓子業者からの崇敬を集めています。
その昔、田道間守命は垂仁天皇の命をうけ、常世の国から不老長寿の妙薬「非時香果(ときじくのかぐのこのみ)」を持ち帰りました。「非時香果(ときじくのかぐのこのみ)」は橘(ミカンを指す)の木を表し、橘は菓子の最上品として珍重されていました。そこで、その橘を彼方の地より持ち帰った田道間守命は「菓祖」(菓子の神様)とされるようになったと伝えられています。本殿は二間社流れ造りという大変珍しい様式で旧国宝の国の重要文化財。
毎年4月の第3日曜日に開催される「菓子祭り」は、菓子業者を筆頭にたくさんの人で賑わいます。祭り当日はいろいろなお菓子が当たるくじ引きを行っており、菓子券を買ってくじを引くと、1等、2等…などのお菓子が当たります。
ほかにも、たい焼き・アイスクリーム・おもちゃ屋などの屋台も並び、子どもたちにとって楽しい一日となります。

2011/06/22  

柳まつり【やなぎまつり】

 

柳まつり【やなぎまつり】
柳まつり
柳まつり(豊岡市)
・豊岡市中心街
8月1・2日
 

柳まつり
・豊岡市/中心街/8月1・2日

毎年8月1・2日の二日間に渡って行われる豊岡柳まつりは、特産業「杞柳・かばん産業」の守護神として祀られる柳の宮のまつり。但馬の中核都市を担うだけあり祭りの規模は大きく、約6万人の人出で賑わいます。初日は柳の宮の例大祭から始まり、幼児約400人が御輿を引く稚児行例、「アーラ ヤッチャ ヤッチャ」のリズムに合わせ、子ども連、大人連約60連3000人の「豊岡おどり」でまつりは最高潮を迎えます。また、連ごとの趣向を凝らした造り物も見どころです。
翌日の花火大会は、近畿有数規模を誇り、尺玉や7号玉の早打や芸術玉の連発、スターマインが人気を集め、クレーンで吊り上げた600メートルのナイヤガラ大瀑布がまつりのフィナーレを飾ります。
このほかに、特産品のかばんが安値で買える「かばんノミの市」など楽しいイベントが盛りだくさん。

2011/06/22  

城崎温泉祭り【きのさきおんせんまつり】

 

城崎温泉祭り【きのさきおんせんまつり】
お走り祭り
城崎温泉祭り(豊岡市城崎町)
・豊岡市城崎町温泉街

4月23・24日

 

城崎温泉祭り
・豊岡市城崎町/温泉街一帯/4月23・24日

開湯1400年の歴史を持つ城崎温泉は、柳並木や太鼓橋、木造三階建ての建物が創り出す独特の風情により志賀直哉をはじめ、多くの文人墨客に愛された温泉街。外湯めぐりが有名で、駅舎温泉さとの湯、一の湯、御所の湯、まんだら湯、地蔵湯、鴻の湯、柳湯の7つの外湯があります。
大谿川畔の柳の芽がふくらみ、東山公園や木屋町通り、温泉寺周辺の桜が満開になるころの4月23・24日、温泉の開祖・道智上人の開山忌を祈念して、「城崎温泉祭り」は行われます。まつりは古典行列、稚児行列、福引き付餅まき、城崎温泉湯けむり太鼓、音楽隊のパレードがメイン。
23日の夜には、花火大会もあります。また、御所湯、柳湯、まんだら湯が無料開放されます。

2011/06/22  

鬼子母神大祭【きしぼじんたいさい】

 

鬼子母神大祭【きしぼじんたいさい】
鬼子母神大祭
鬼子母神大祭
(豊岡市但東町)
・豊岡市但東町赤花法華寺

4月第3土・日曜日

 

鬼子母神大祭
・豊岡市但東町/赤花法華寺/4月第3土・日曜日

毎年4月第3土・日曜日の2日間にわたり、豊岡市但東町赤花の法華寺で行われる「鬼子母神大祭」。鬼子母神は子授け、子育て、安産の神様として崇拝されていて、両日は数多くの夫婦や家族連れ、子どもたちがお参りに訪れます。

鬼子母神は「法華経」の中に出てくる神様で、1000人の子供を生み育てていました。 しかし、自分の子供を愛する代わりに、他人の子はさらっていって殺してしまうなど、とんでもない母親でもありました。 これを見たお釈迦様は、懲らしめるために彼女の子供の1人を隠してしまいました。鬼子母神は最愛の子が消えてしまったのを知り、狂ったように探しますが、どうしても見つかりません。仕方なくお釈迦様に助けを求めると、 お釈迦様は「1000人の子供の内、たった1人いなくなっただけで、嘆き悲しんでいる。子供をおまえにさらわれた親の悲しみはどれほどかわかるか」 と訊ねました。
鬼子母神は、お釈迦様の教えを受け、以後改心して全ての子供たちとお釈迦様の教え、またお釈迦様の教えを信じる全ての人たちを守ることを誓いました。これ以降、鬼子母神は鬼ではなく、仏教と子供の守り神となったということです。

2011/06/22  

初午まつり【はつうままつり】

 

初午まつり【はつうままつり】
初午まつり
初午まつり
初午まつり
(豊岡市出石町)
・豊岡市出石町内町稲荷神社
3月第3土曜日の前後3日間
 

初午まつり
・豊岡市出石町/内町稲荷神社/3月第3土曜日の前後3日間

江戸時代、藩主が旧暦2月の最初の午の日に、城の大手門を開放して城内の稲荷神社に参詣を許したことに始まるといわれています。当時、一般の町民が城内に入ることは許されておらず、祭りの日には遠く丹波、丹後からも参詣に訪れる人がいたそうです。
稲荷神社は、商売繁盛や五穀豊穣にご利益があり、但馬の春を告げる大祭として3日間で約10万人の人出で賑わいます。また、境内までの通りには約300もの露店が並び、祭りを盛り上げます。

2011/06/22  

お城まつり【おしろまつり】

 

お城まつり【おしろまつり】
お城まつり
お城まつり
お城まつり
(豊岡市出石町)
・豊岡市出石町町内一円

11月3日

 

お城まつり
・豊岡市出石町/町内一円/11月3日

但馬一の雄藩・5万8千石の城下町出石を象徴する、「出石お城まつり」が毎年11月3日に開催されます。このまつり一番の見どころは、総勢120人の子どもが大名行列の扮装をして町内を練り歩く「子ども大名行列」と、奴に扮した35名の大人が様々な種類の毛槍を振りながら町内を練り歩く「槍振り(町無形文化財)」。

この槍振りは、出石藩主・仙石久利公の奥方のお国入りに随伴した赤坂奴の見事な槍振りを見て、出石の町衆がまねたといわれています。江戸時代の参勤交代の模様を今に伝える伝統行事です。

2011/06/22  

お茗荷祭り【おみょうがまつり】

 

お茗荷祭り【おみょうがまつり】
お茗荷祭り
お茗荷祭り
お茗荷祭り(新温泉町)
・新温泉町竹田面沼神社
2月11日
お茗荷祭り
・新温泉町(旧温泉町)/竹田/2月11日

お茗荷祭りは、毎年2月11日の1番寒い時期におこなわれます。境内に「めぬ池」という小さな池があり、その中の小さな島に、お茗荷祭りで神に捧げられるミョウガができます。自然にできるミョウガは、普通暑い頃に食べるが、この小島にできるミョウガは、まわりに雪が積もる2月に芽が青々と育つのです。なぜ、こんな季節はずれにミョウガができるのか、全くわかりません。但馬七不思議のひとつにあげられる所以です。
朝の5時に神事は始まります。まだ周辺は暗く、提灯の灯りだけが頼り。宮司さんの祝詞が凍るような外気の中、響きわたります。島の上に生えたミョウガ3本を摘み、ぬめ池で清め、セキショウ(サトウキビ科の多年草)を敷いた三方に乗せ、木地のふたをかぶせてご神前に奉納します。
夜が明けかけた6時頃、参拝者が集まり始めます。最近では近所の人たちだけになってしまいましたが、昔は浜坂・諸寄・居組の漁師たちが裸でお参りしたとか。裸でも風邪をひくこともなく、命が延びると言い伝えられています。なお、この日は女性の参拝は禁じられていました。
参拝者があると、宮司さんは神前のミョウガをゆっくりと見せます。ミョウガの芽の形・大きさ・光沢・色ぐあいなどで、その年の吉凶・景気を参拝者みずからが占うのです。
芽がまっすぐ伸びていると豊作、曲がっていれば日照り、上部に光沢があれば早稲、下部に光沢があれば晩稲が良いとされています。不思議なことによく当たるそうです。昔は「命賀めでたや、富貴はんじょう」と言いながら参拝に来ました。健康と富が授かりますようにと言う意味。厳しい冬の中、人々は不思議なミョウガによって明日を占ってきたのです。