2025/12/31  

豊岡市交流センター「豊岡稽古堂」【とよおかしこうりゅうせんたーとよおかけいこどう】

 

豊岡市交流センター「豊岡稽古堂」
【とよおかしこうりゅうせんたーけいこどう】
豊岡稽古堂

豊岡稽古堂
・豊岡市中央町2-4
・国登録有形文化財(建造物)

●旧豊岡町役場、旧豊岡市役所本庁舎として使用された近代化遺産
豊岡駅から真っ直ぐ伸びる駅前通りの中心部に位置する豊岡市交流センター「豊岡稽古堂」。昭和2年に建てられたレトロでモダンな建物は、国の登録有形文化財に指定されています。元々は旧豊岡町役場、旧豊岡市役所の本庁舎として使用されていて、1階と3階は市民の憩いの場として、2階は議場として利用されています。

老朽化のため、平成23年に豊岡市役所の新庁舎建設が始まり、本庁舎は近代化遺産として評価が高いことや北但大震災の記憶をとどめる貴重な復興建築物として、保存・活用されることになりました。従来の位置より南に約25m移設され、その背後に新庁舎が建設されています。中央に車寄せと塔屋を立ちあげ、縦方向を強調させた造りになっていて、3階は後年に増築されたものです。左右に大きなアーチ窓を連ねているのが特徴的で、軒先に持ち送り風の装飾をつけ、中心性を強調した官庁建築です。

2025/12/31  

ふれあい公設市場【ふれあいこうせついちば】

 

ふれあい公設市場【ふれあいこうせついちば】

ふれあい公設市場

ふれあい公設市場

 
●関連情報
豊岡市公式観光HP
●レトロで懐かしい古き良き商店街
JR豊岡駅前からまっすぐ東に伸びる駅前(大開)通りと生田通りを繋ぐ豊岡市千代田町の「ふれあい公設市場」。南北約70メートルの木造アーケードの架かる路地には、花屋から八百屋に鮮魚店、菓子屋、総菜屋、飲食店、薬局、写真館など、個性豊かな16店舗が軒を並べています。公設市場の歴史は古く、大正14年に起きた北但大震災によって甚大な被害を受けた豊岡市中心街の復興のシンボルのひとつとして、震災の2年後に豊岡公設市場として建設されました。昭和初期頃までに整備され、アーケードのある市場はその当時、但馬では珍しかったそうです。以来約100年に渡り、「豊岡の台所」として、市民の暮らしを支え続けてきました。

現在は民間施設となっていますが、向かい合う店舗の通りは現在も「市道」であり、公設市場の名残をとどめています。車の往来が激しい大開通りから市場の入り口に足を踏み入れると、そこは別世界。アーケードは天窓になっていて、会話で買い物を楽しむ古き良き時代へタイムスリップしたかのような空間が広がります。市場は長屋とアーケードの柱が一体となっている特殊構造で、木造の屋根組みが美しく、天井は開けていて開放感があります。約2メートルほどの狭い通りには、店先をはみ出すように品物が並ぶ商店が軒を連ね、横に走る路地を過ぎて、南側は料理屋や飲み屋が多く、昼と夜ではまた違った顔を見せます。最近では空き店舗をリノベーションしたお洒落なカフェやバー、そば屋などがオープンし、このレトロな佇まいが人気を呼んで、若い世代も足を運んでいます。

2024/12/26  

なんじゃもんじゃの木【なんじゃもんじゃのき】

 

なんじゃもんじゃの木
【なんじゃもんじゃのき】

なんじゃもんじゃの木
なんじゃもんじゃの木

佐々伎神社
・豊岡市但東町佐々木
「なんじゃもんじゃ」とは、立派な植物や怪木に対して全国的に使われている愛称。この木は鹿子の木(かごのき)です。

 

 

木の力に翻弄された恋心

豊岡市但東町佐々木の佐々伎神社に生えている「なんじゃもんじゃの木」は、撫でると愛情が芽生えると言い伝えられています。若者には恋人ができると噂されており、その力に翻弄された、とある娘の悲恋の物語が残されています。

その昔、京の都に娘が住んでいました。偶然道を訪ねてきた若く美しい公家に一目で恋に落ちましたが、公家は但馬の佐々伎神社に勅使として代参するといいます。娘は「帰ってくる」という公家の言葉を信じて待っていましたが、堪えられなくなったある日、とうとう後を追って旅立っていきました。その時代の娘一人旅といえば、過酷さは並大抵のものではなく、大きな峠をいくつも越え、足の血豆は破れてしまうほどでした。

やがて、峠一つを残す谷までたどり着いた娘は、自分に会うために帰路に着くであろう公家を迎えるため、毎日峠を見上げて待っていました。しかし、彼が通る気配はありません。それもそのはず、代参中、好奇心から「なんじゃもんじゃの木」に触れた公家は佐々伎神社の巫女と恋に落ち、そこで結婚してしまっていたのです。噂でそれを知った娘は、一人泣きながら都に帰っていきました。それ以降、娘が恋心を募らせた谷は「こころ谷」と呼ばれ、すれ違いが生んだ、悲しい恋物語が語り継がれています。

 

 

2024/12/26  

大友 工【おおともたくみ】

 

大友 工【おおともたくみ】
大友 工
(1925-2013)
大正14年に豊岡市出石町に生まれる。東京読売巨人軍の投手として活躍。

●関連情報
出石明治館・大友工投手展示室(豊岡市HP)

●軟式野球からプロ野球へ
大正14年に豊岡市出石町に生まれ、小学校の頃から野球とテニスに親しんだという大友工。大阪逓信(ていしん)講習所を卒業後、神戸中央電信局員などを経て、但馬貨物で軟式野球をプレーしました。速球投手として全国車輛軟式野球大会の近畿大会でベスト4に進出したことから関係者に目に止まり、軟式野球出身ながら、1949年(昭和24)に巨人軍に入団しました。

●巨人軍の投手としてMVPを獲得
巨人軍に入団した頃は、硬くて重い硬式球に苦労しますが、投球フォームをサイドスローに変えたことから、才能が開花。当時のエース格と並ぶほどの速球と、スライダーを習得し、1952年(昭和27)にはノーヒットノーランを達成しました。 翌年には最優秀防御率、最多勝の2冠を獲得し、最優秀選手(MVP)、沢村賞に輝き、まさに巨人軍のエースとして活躍。サイドスローからくり出される直球には威力があり、鋭く曲がるスライダーを武器に、巨人軍の第2期黄金時代を支えました。1955年(昭和30)にも最多勝を獲得。晩年はケガによる後遺症により、制球力と球威が失われ、1960年(昭和)に近鉄バファローに移籍して引退しました。引退後は近鉄、中日で投手コーチを務めるなどして、育成の指導に努め、プロ野球界に貢献しました。地元にある出石明治館には大友工投手展示室があり、記念の品を展示しています。

 

2024/01/27  

ほたるいか糀漬【ほたるいかこうじづけ】

 

ほたるいか糀漬
【ほたるいかこうじづけ】
ほたるいか糀漬
●山陰に古くから伝わる伝統食
昔から秋から初冬に冬の保存食として作られたきたいか糀漬。江戸時代から「かうぢや(糀屋)」の屋号で糀の製造を行ってきた醤油屋「しょうゆの花房」では、ほたるいかを使用した糀漬を製造しています。作り方はシンプルで、糀、醤油、お酒に素材を漬け込んで作ります。原料を国産・地元産にこだわり、メインのほたるいかは但馬沖でとれたものを使用。素干ししたほたるいかをまるごと漬け込むという贅沢な一品です。
よくある糀漬のようにドロっとしておらず、食べると糀と磯の香りに加えて、濃厚な旨味が広がり、クイッと一杯お酒が欲しくなります。内臓ごと漬けているので、独特の深い味わいが生まれ、食べた時に口に残る硬い目玉も糀の酵素のおかげで柔らかくなり、全く気にはなりません。
糀の出来具合がその味に表れるといい、蒸した米に種糀と呼ばれる菌をつけ、38〜40度の温度を保ちながら2日間かけて発酵させます。機械化されているとはいえ放置することはできず、外気の変化を見ながら湿度と温度を調整します。長年培った感覚と技で、米糀を育て上げます。ここからできあがった糀に醤油と酒を混ぜ、床を作ります。その際に活躍するのが糀を使って仕込む甘酒作りの技術。仕込む温度が高すぎると甘くならず、低すぎると酸味が増すので、常に温度管理を大切にしているそうです。山陰に古くから伝わる伝統食、糀漬は地酒とよく合います。

・しょうゆの花房 0796-47-0003
https://syouyuhanafusa.co.jp/

2024/01/27  

城崎温泉ロープウェイ【きのさきおんせんろーぷうぇい】

 

城崎温泉ロープウェイ
【きのさきおんせんろーぷうぇい】

城崎温泉ロープウェイ

 
●関連情報
城崎温泉ロープウェイ
●城崎温泉の歴史をたどる7分間の空中散歩
城崎温泉ロープウェイは、城崎温泉(山麓)駅から温泉寺・城崎美術館のある温泉寺(中間)駅を経由し、山頂の大師山(山頂駅)まで約7分間の空中散歩を楽しむことができます。山頂からは、四季折々の城崎温泉街・円山川・日本海を一望できます。ここは黒部第四ダムの建設に携わった関西電力初代社長「太田垣士郎」の発案により建設され、昭和38年5月に開業しました。大師山の山頂までつながったロープウェイは、山麗駅・温泉寺駅・山頂駅の3つから成っており、中間駅があるロープウェイは全国でも珍しいとされています。
フランスの大手タイヤメーカーのミシュランが発行する旅行ガイドブック「ミシュラン・グリーンガイド・ジャポン」(フランス語版)が改訂され、大師山(城崎温泉ロープーウェイ山頂)からの眺望が「興味深い」を意味する一つ星(★)として掲載されています。
ロープウェイの各駅舎は国の登録有形文化財に指定されています。昭和37年当時からのものが今も現役で建っており、屋根の緩やかなアールなど建設当時のデザインを見ることができます。また、5年前に耐震診断をしたところ、築50年を超えているにもかかわらず、ほぼ建設当時のままで耐震基準をクリアしました。あの黒四ダムの建設に使われたコンクリート技術が城崎の地で生きています。

2023/01/16  

城崎温泉駅舎【きのさきおんせんえきしゃ】

 

城崎温泉駅舎
【きのさきおんせんえきしゃ】

城崎温泉駅舎
・豊岡市城崎町今津
・近畿の駅100選選定
●軒下、壁面上部、腰壁の3本の木質調のラインと
白壁とのコントラストが見事

1926年(大正15)に建設された山陰本線・城崎温泉駅の駅舎。前年の北但大震災で旧駅舎が壊滅したため、防火を目的として鉄筋コンクリートで建造されています。以前は勾配のない陸屋根でしたが、現在は瓦葺きの切妻屋根に改造され、玄関入口には大きな庇(ひさし)が設けられています。庇からは5本の柱を大胆に配置されており、白壁と黒い柱のコントラストが美しく建っています。
2016年にリニューアルされ、コンコースは「街並みとの調和」をテーマに、床面には「大谿川(おおたにがわ)」、「玄武岩」、「柳」をモチーフとしたデザインが施されています。

2023/01/13  

来日岳【くるひだけ】

 

来日岳【くるひだけ】


来日山からの眺望
・豊岡市城崎町

●雲海も見ることができる秀峰
標高567mの秀峰で、山頂からの眺めは大変よく、眼下には山陰海岸国立公園が広がっています。秋には早朝の雲海が有名で、雲海が日本海へ流れる雄大なパノラマを体感できます。また、来日岳の中腹に位置する紅葉平(もみじだいら)は人気のスポットで、その名のとおり、あたり一面に紅葉する木が茂っています。山頂付近には、ブナやイヌブナの林が残っています。

2022/01/15  

なしおとめ【なしおとめ】

 

なしおとめ
【なしおとめ】
なしおとめ

なしおとめ

●県内初のオリジナル品種梨
兵庫県初となる梨のオリジナル品種「但馬1号・なしおとめ」。香美町、新温泉町、豊岡市の農家で栽培され、8月中旬から食べ頃を迎えます。

元々、但馬地域で栽培されている梨は9月頃に収穫される「二十世紀」系が8割を占めており、品種のバリエーションが少ないという課題がありました。そこで県立農林水産技術総合センター北部農業技術センターでは、夏の観光客需要への対応や収穫時期を分散して経営の安定化を図るために、平成7年より新しい早生品種の開発を進めてきました。

まずは青梨品種「吉香」に赤梨品種「幸水」を交配して、78個体の実生を得て選抜をスタート。そこから約6年後にできた大量の果実を職員が自ら食べて、堅さ・甘さ・風味・みずみずしさに加えて、収穫期や病気に強いかなど様々な条件に合った1個体を選定していきました。平成25年には一般消費者への試食アンケートを実施し、販売化を希望する声が多くありました。平成29年4月に品種登録が完了し、ようやくオリジナルの梨が誕生した品種です。

糖度は12度以上でみずみずしくてさっぱりとした甘味が特徴で、重さ約400gもある大きな果実は高級感があります。他の品種に比べて種の周囲の果芯部が小さく、食べられる部分が多いため食べ応えは十分です。

2022/01/15  

江原河畔劇場【えばらかはんげきじょう】

 

江原河畔劇場
【えばらかはんげきじょう】

江原河畔劇場

 
●関連情報
江原河畔劇場
●ゆるやかな円山川沿いに建つ劇場
劇作家・演出家の平田オリザ氏が主催する劇団「青年団」の本拠地として2020年春にオープンした「江原河畔劇場」。昭和10年に建てられた木造3階建ての旧豊岡市商工会館を改築しており、趣あるモダンな外観は残しつつ、1階には120席ほどの小劇場、2階には稽古やワークショップなどができるスタジオに生まれ変わりました。建物の最上部にある櫓は、当時の写真を元に復原されています。