2024/01/27  

上垣守国【うえがきもりくに】

 

上垣守国【うえがきもりくに】
上垣守国
(1753-1808)
宝暦3年に養父市大屋町蔵垣に生まれる。養蚕を但馬、丹波、丹後に広めた、但馬養蚕業の先駆者。

●関連情報
上垣守国養蚕記念館(養父市HP)

●先進地で養蚕を学ぶ
上垣守国は宝暦3年(1753)に現在の養父市大屋町蔵垣に生まれ、18歳の時に養蚕の先進地であった陸奥国伊達郡福島に行き、蚕種(蚕の卵)を持ち帰って蚕種改良に尽力しました。後に蔵垣村の庄屋を務め、享和3年(1803)、48歳の時に『養蚕秘録』という養蚕の技術書を出版。当時は文字が読めない人も多かったため、挿図(イラスト)を多数入れて、図を見るだけで養蚕が学べるように工夫したといいます。

●養蚕研究の集大成
守国がまとめた『養蚕秘録』は養蚕研究の集大成で、養蚕の歴史や桑の栽培、蚕の飼育方法などが絵図を使って分かりやすく描かれています。オランダ人医師・シーボルトもこの本をオランダへ持ち帰っており、日本の技術輸出の第1号として世界からも高い評価を受けました。地元の蔵垣地区にある上垣守国養蚕記念館では、その業績をたたえ、養蚕秘録や守国が使用した煙草入れ、矢立などが展示され、守国の偉業を垣間見ることができます。

 

2024/01/27  

淀井敏夫【よどいとしお】

 

淀井敏夫【よどいとしお】
淀井敏夫
(1911-2005)
明治44年に朝来市佐仲に生まれる。削げたような形態と岩のような質感のユニークな作品が特徴。

●関連情報
あさご芸術の森美術館HP

●日本近現代彫刻界に大きく貢献
淀井敏夫は明治44年に朝来市佐中に生まれ、6歳まで朝来市で過ごしました。その後、大阪の工芸学校を経て、東京美術学校(今の東京藝術大学)彫刻科に入学します。所属していた木彫部では、空いた時間のすべてを制作に費やすほど、作品づくりに没頭していました。卒業後は主に美術団体「二科会」を舞台にして、心棒に石膏を直付けする独自の技法で、日常の何気無いシーンを表現した彫刻を発表していきます。
54歳から同大学の教授・美術学部長を務め、東京スカイツリーを設計した澄川喜一ら多くの逸材を育てました。日本芸術院会員や「二科会」の理事長を務め、日本近現代彫刻界に大きく貢献しました。

●晩期には野外彫刻に没頭
淀井作品は労働者をモチーフにした力強い作品から、後年になるとのびのびとした複雑な形の新しい表現に変わっていきます。自然界に生きる生命の躍動感と自由への感動を形にした作品を多く生み出しました。晩期には野外彫刻を中心に彫刻づくりをした敏夫。遠い山並み、青い空と白い雲、木立を吹きわたる風と鳥のさえずり…朝来で過ごした幼い日の記憶が、作品の原点になっていると本人も語っています。地元に建設された「あさご芸術の森美術館」には、淀井敏夫の作品を屋内外に常設展示しています。

 

2024/01/27  

上小田の柳神社【かみおだのやなぎじんじゃ】

 

上小田の柳神社
【かみおだのやなぎじんじゃ】

上小田の柳神社
上小田の柳神社

上小田の柳神社
・養父市八鹿町上小田
神社の裏側には約1500年前に造られた古墳があり、古墳時代から円山川と共に人々が生活した証を感じることができます。

 

 

柳の根株を祀った神社

 養父市八鹿町上小田区の柳神社の眼下には、但馬で1番大きい河川・円山川が流れています。樹木が付いた珍しいこの神社の名前は、この円山川にまつわる1つの伝説が由来となっています。
その昔、村人たちは毎日川を渡って土地を耕しに行き、夕方になるとまた川を渡り帰っていきました。たいていの日で、帰る頃には暗くなっていて、暗夜の川渡りは、足を踏み外して淵に落ちそうで危険でした。
ところが、円山川の浅瀬の中ほどには、夜になるとぼんやりと妖しい灯が光っており、この灯を頼りに安全に川を渡ることができました。人々は不思議に思い、光っていた周辺を昼間に調べてみると、古びた柳の株が川原石の間に埋まっているのを発見しました。夜に灯る光のおかげで安全に川を渡ることができることに村人たちは感謝して、この古株を氏神として祀ったそうです。円山川に沈んでいた柳の木が神社のご神木となり、現在も村の守り神となっています。

 

 

2024/01/27  

但馬御火浦伝説【たじまみほのうらでんせつ】

 

但馬御火浦伝説
【たじまみほのうらでんせつ】

但馬御火浦伝説
但馬御火浦伝説

但馬御火浦
・新温泉町浜坂〜香美町香住区余部
但馬御火浦は侵食された凝灰岩や花こう岩など地質学の宝庫として、学術的にも注目されています。

 

 

皇后を導くかがり火

「但馬御火浦」と呼ばれる、新温泉町から香美町へ続く約8kmの海岸線は、奇岩が悠然と連なる景勝地で、昭和9年に国の名勝・天然記念物に指定されています。
その一端にある新温泉町三尾には、日本書紀にも登場する神功皇后にまつわる伝説が語り継がれています。
神功皇后が、現在の朝鮮半島南部に存在したとされる三韓地域に遠征したとき、越前の港を出港した一行が三尾沖合に差し掛かったころ、海上にひどい濃霧が立ち込めて行手を阻まれてしまいました。進退きわまった重臣がすがる思いで神に祈ったところ、霧を裂くように一筋の光が差し込みます。それは三尾の漁師が集落の高台にある日和山で焚いたかがり火でした。
その灯りに導かれ、無事に三尾浦にたどり着いた神功皇后の一行。お礼として、その地に「御火浦」という名を贈ったといいます。
しかしその後、この地は大火に見舞われてしまい、「御火浦という地名が影響しているのでは」と考えた土地の人々は、元の「三尾浦」を地名として使うようになったそうです。
現在、御火浦一帯は山陰海岸ジオパークの一部として、雄大な景色を今に伝えています。

 

 

2023/01/16  

焼りんご【やきりんご】

 

焼りんご
【やきりんご】
焼りんご

焼りんご

●愛され続けるロングセラー
パッケージを見ると「わぁ懐かしい!」と思わず声が出る方も多いのではないでしょうか。南但(朝来市・養父市)の人なら一度は食べたことがある懐かしの味「焼りんご」は1972年創業の隆盛堂で作り続けられている銘菓です。

りんごは焼くと皮が小麦色になることから、その色にそっくりだったので「焼りんご」の名がつきました。

ふんわり丸い可愛らしいフォルム。実際りんごは入ってませんが、フワフワの生地の中には、まろやかなバタークリームがサンドされており、食べるとほっこり優しい気持ちになります。夏は冷凍して食べる人もいるとか。

すべて手作業で作られている焼りんご。昔は明延鉱山の売店などでも販売しており、当時では珍しい個包装だったため、衛生面でも安心感があり、お土産にも重宝されたそうです。
美味しさの秘密は、昔のまま味を変えないのではなく、繊細なマイナーチェンジの積み重ねによってお馴染みの味が守られています。

・隆盛堂製菓株式会社 079-673-2360
https://ryuseido-seika.jp/

2023/01/16  

城崎温泉駅舎【きのさきおんせんえきしゃ】

 

城崎温泉駅舎
【きのさきおんせんえきしゃ】

城崎温泉駅舎
・豊岡市城崎町今津
・近畿の駅100選選定
●軒下、壁面上部、腰壁の3本の木質調のラインと
白壁とのコントラストが見事

1926年(大正15)に建設された山陰本線・城崎温泉駅の駅舎。前年の北但大震災で旧駅舎が壊滅したため、防火を目的として鉄筋コンクリートで建造されています。以前は勾配のない陸屋根でしたが、現在は瓦葺きの切妻屋根に改造され、玄関入口には大きな庇(ひさし)が設けられています。庇からは5本の柱を大胆に配置されており、白壁と黒い柱のコントラストが美しく建っています。
2016年にリニューアルされ、コンコースは「街並みとの調和」をテーマに、床面には「大谿川(おおたにがわ)」、「玄武岩」、「柳」をモチーフとしたデザインが施されています。

2023/01/13  

来日岳【くるひだけ】

 

来日岳【くるひだけ】


来日山からの眺望
・豊岡市城崎町

●雲海も見ることができる秀峰
標高567mの秀峰で、山頂からの眺めは大変よく、眼下には山陰海岸国立公園が広がっています。秋には早朝の雲海が有名で、雲海が日本海へ流れる雄大なパノラマを体感できます。また、来日岳の中腹に位置する紅葉平(もみじだいら)は人気のスポットで、その名のとおり、あたり一面に紅葉する木が茂っています。山頂付近には、ブナやイヌブナの林が残っています。

2023/01/13  

瀞川山【とろかわやま】

 

瀞川山【とろかわやま】


・香美町村岡

●関連情報
やまもり村岡
●氷ノ山後山那岐山国定公園の中心部に位置する自然度の高い高原
標高1,039m。巨牛が寝そべっている形の山で、村岡区側は比較的なだらかですが、小代(おじろ)区側の山腹は急峻でイヌワシやクマが生息しています。今から250万年ほど前に活動した火山で、林道のあちこちで溶岩や火山砕屑物(さいせつぶつ)を見ることができるのも特徴です。瀞川山の村岡区側に広がったなだらかな高原を瀞川平(とろかわだいら)といい、その一角に兎和野(うわの)高原があります。森の真ん中に2km近くも続くまっすぐな林道があり、秋にはカラマツが黄金色に染まり雄大な景観が広がります。初心者でも登りやすく四季折々、見どころの多い登山ルートはハイキングにも人気です。

2023/01/13  

グンゼ八鹿工場事務所棟【ぐんぜようかこうじょうじむしょとう】

 

グンゼ八鹿工場事務所棟
【ぐんぜようかこうじょうじむしょとう】


グンゼ八鹿工場事務所棟
・養父市八鹿町八鹿
・兵庫県景観条例景観形成重要建造物等

●昭和初期のモダンデザイン
1928年(昭和3)建設された、旧グンゼ八鹿工場の事務所棟。薄橙色の外壁でモダンなデザインが特徴的です。事務所の入口が建物の角部分に面し、さらに中央部に柱を設けた左右対称の出入り口が2カ所あります。さらに事務所内に入ると、円形の垂れ壁(天井から垂れ下がった形状の壁)と、中央にそびえるギリシア神殿のエンタシス柱をモチーフにした柱を見ることができます。

外部に面した窓は上げ下げ窓で、昭和初期の流行を取り入れたモダンな様式です。スレート瓦だった屋根は、改築工事により日本瓦に葺きかえられています。

2023/01/12  

浜坂地えび【はまさかぢえび】

 

浜坂地えび
【はまさかぢえび】
浜坂地えび

浜坂地えび

●地元でも希少な幻の逸品
松葉ガニやホタルイカの水揚げで有名な新温泉町の浜坂漁港。閑散期となる春と秋の新たなご当地グルメイベントとして、町内の宿泊施設や飲食店では「浜坂地えび」を使った食べくらべメニューを提供しています。

地えび漁が本格化するのはカニ漁がない4〜10月ですが、底引き網漁は6〜8月が休漁となるため、実質1年の内わずか4ヶ月しかありません。水揚げ量が少ないことや鮮度劣化が早いため、但馬外へ出回らず地元でも希少とされる“幻”のえびも味わうことができます。

食べくらべができる地えびは5種類。上質な深い甘みとコクがある『甘えび』、頭に濃厚な味噌がありねっとりした甘みが特徴の『モサえび』、全身トゲトゲで鬼のような姿で濃厚な甘みと旨みをもつ『鬼えび』、弾力性がある身で食感が楽しい『ガラえび』、甘味がありぷりぷりとした食感の『スジえび』と個性豊かなえびが揃っています。

ルールは、浜坂地えびを2種類以上使用すること・3種類以上の調理法で食べくらべができること・そしてお店が自慢できるこだわりポイントを3ついれること。これらに基づいたメニューが各店舗ごと期間限定で味わえます。
ほとんど地元でしか味わうことのできない浜坂の贅沢な逸品。見た目も味も個性豊かな地えびを食べくらべて、自分の推しえびを見つけてみましょう。