2011/06/22  

古生沼の高地湿原植物群落 【こせいぬまのこうちしつげんしょくぶつぐんらく】

 

古生沼の高地湿原植物群落
【こせいぬまのこうちしつげんしょくぶつぐんらく】

古生沼の高地湿原植物群落・県指定天然記念物
・氷ノ山
●国内高山性湿原植物群落の南限地
氷ノ山は、兵庫県の最高峰で、標高は1,500m余り。それなのに、山頂付近の湿地や岩場には氷河時代の植物が今も生き残っています。これらは残存植物と呼ばれ、とくに貴重な植物です。
氷ノ山の頂上から東方へ130mほど下ったあたり、養父市奈良尾と養父市大屋町横行にまたがる、標高1,498m、面積1,000平方メートルほどの湿原があり、豊富な湿原植物が自生しています。北方系の亜高山植物の宝庫で、オオミズゴケ、ヒメミズゴケ層がよく発達し、その中にツマトリソウ、クサゴケ、コイヌノハナヒゲ、アイバソウ、トキソウ、キソチドリ、バイケイソウなどが生え、池の部分にはヤチスゲが、周辺の半乾湿地にはアカモノ、エゾリンドウ、モウセンゴケ、マイズルソウが、さらにその周辺にはイヌツゲ、アカミノイヌツゲなどが生い茂り、湿地を囲む低木としてはクロモジ、マンサク、キャラボク、ナナカマド、アシオスギなど、50種以上が自生しています。

ここは国内高山性湿原植物群落の南限地で、1965年、県の天然記念物に指定されています。人の手の入らない原始の世界が残る氷ノ山の、ふところの深い豊かな自然の表情がこの湿原にもうかがえます。

2011/06/22  

加保坂のミズバショウ自生地【かぼさかのみずばしょうじせいち】

 

加保坂のミズバショウ自生地【かぼさかのみずばしょうじせいち】

ミズバショウ加保坂のミズバショウ自生地
・県指定天然記念物
・養父市大屋町加保坂58
 

●関連情報
養父市役所

●学術的にも貴重な、ミズバショウ自生の南西限
ミズバショウはサトイモ科の植物で、本州の中部地方以北、北海道、サハリン、カムチャッカ、東シベリヤの温帯から寒帯にかけて分布し、山中の湿地や湿原に群生する多年草です。
一般に、尾瀬原や東北・北海道など北国の春を彩る植物として知られ、自生地の南限は岐阜県・蛭ヶ野高原とされていましたが、1975年に、大屋町加保坂でも自生していることがわかりました。最初は自生かどうかの議論もありましたが、泥炭層の花粉分析によって約11000年前から自生していたことが確認されました。ここが日本でのミズバショウの南西限で、学術的にも貴重な発見となりました。
標高520m、約4,000平方メートルの湿地のあちこちでは、4月の中ごろから、約2000株のミズバショウが白い花を咲かせ、4月下旬~5月上旬が見ごろとなります。
毎年4月29日(祝)には、ミズバショウ祭りが行われ、多くの人でにぎわいます。

2011/06/22  

古千本・千本杉の湿性植物群落 【こせんぼん・せんぼんすぎのしっせいしょくぶつぐんらく】

 

古千本・千本杉の湿性植物群落
【こせんぼん・せんぼんすぎのしっせいしょくぶつぐんらく】

古千本、千本杉の湿生植物群落・県指定天然記念物
・氷ノ山(養父市)
●氷ノ山の尾根にある高湿性植物群
氷ノ山山頂付近の湿地や岩場には、氷河時代の生き残りの植物が今も生息しています。標高1,400~1,500m、氷ノ山山頂から東南東に600mほど下った尾根すじには、天然性の杉(アシオスギ)が群生しています。高木層は杉が優占しており、低木層・草木層は湿地のため、ヤマウルシ、シラネワラビ、ツタウルシなどの高湿性植物が繁殖して、特異な景観をつくりあげています。また、岩場周辺ではコケモモ、コメバツガザクラ、イワキンバイ、イワカガミ、ホツツジ、ユキグニミツバツツジ、コオニユリなどが見られます。1972年、県の天然記念物に指定されました。

2011/06/22  

口大屋の大アベマキ【くちおおやのおおあべまき】

 

口大屋の大アベマキ【くちおおやのおおあべまき】

口大屋の大アベマキ

・国指定天然記念物
・幹まわり4.5m
・樹高 17m
・樹齢 約400年
・養父市中字法仙地471-1

●神の宿り木として大切にされる大アベマキ
口大屋小学校の南東約1.5kmの山腹に自生する大アベマキは、「神の宿り木」として地元の人に大切にされてきました。昔から大屋の山々は鉱山として重要な位置にあり、徳川時代、上山区は生野藩、中村区は出石藩であって、いつもこのアベマキ付近で領地争いが起こったようで、境界の木としてのアベマキにまつわる伝承もたくさんあります。
樹高17m、幹まわり4.5m。樹齢は約400年と推定される、全国的にもまれな巨木です。

地元ではこの木をクヌギと呼んでいますが、正しくはアベマキ。クヌギに似た落葉高木で、温帯を指標する木です。クヌギに比べて樹皮が厚く灰黄色で、縦に深く裂け、コルク層がよく発達し、この皮がコルクに利用されることから、コルククヌギの異名をもっています。

2011/06/22  

樽見の大ザクラ【たるみのおおざくら】

 

樽見の大ザクラ【たるみのおおざくら】

樽見の大ザクラ

(エドヒガン)
・国指定天然記念物
・目通り幹まわり 5.2m

・樹高 約20m
・樹齢 千数百年
・養父市大屋町樽見

 

●関連情報
養父市役所

●樹齢千数百年、出石藩主も遊覧した大ザクラ
但馬には、天然記念物に指定された桜が4件あり、なかでも「樽見の大ザクラ」は、最も古い1951年に国の天然記念物に指定されたものです。
この大ザクラは樹齢千数百年といわれ、樹種はエドヒガン、樹冠は約3.8アールもあり、桜の古木としては県下第一といわれています。説明板に「最も盛んだったのは元禄の頃で、当時は樹冠20間四方にわたり、開花の時は皎々として白雪のように偉観を呈し、文人墨客の訪れがあとを絶たず、かつての出石藩主・小出備前守も遊覧した」とあるように、古くから広く人々に知られ、親しまれてきました。
長い年月を経てきたこの古木は、大雪によって大枝を損傷したり、植林による日照不足など、さまざまな障害を受けてきましたが、地元の「樽見の大桜保存会」を中心とする保存活動が実り、活力を回復して樹勢もよくなりました。現在では、年間約1,000人もの人がこの大ザクラのもとを訪れ、その偉大な姿をたたえています。
このところ樹勢に衰えが見えていましたが、1997年から丸太の支柱で枝を支え、樹木医による再生対策などをほどこして、少し勢いが回復してきたそうです。地元の小学校ではこのサクラの種をまき、二世の苗木を育てています。

但馬の地形概観【たじまのちけいがいかん】

 

但馬の地形概観【たじまのちけいがいかん】
近畿の北西部にある但馬は、中国山地の東端にあたります。兵庫県の最高峰・氷ノ山からは南東に山並みが続き、これらの山々に端を発する川が日本海にそそいでおり、山すそが海に落ち込んだ海岸部は断崖絶壁が多く変化に富んでいます。

宇宙から見た但馬地方

●山地
但馬の山地は、中国山地の東側にあたる中央高地から北へのびて日本海に達しており、その形成過程によって3つの型に分類されます。
1つは、約2000万年前に形成された厚い地層・北但層群が河川の浸食で削り取られ、深い谷によって分断された山地で、谷は深く刻み込まれていますが、尾根の部分はなだらかです。但馬山地の中央部を南北に走り、円山川、矢田川の分水界をなしている妙見山(1,142m)、蘇武岳(1,074m)、三川山(888m)などの連山がこれです。
2つめは、北但層群を突き破る噴火によって、その上にさらに溶岩流がおおいかぶさって、いっそう高度を増したもの。県下最高峰の氷ノ山(1,510m)、瀞川山(1,039m)、扇ノ山(1,310m)などで、兵庫の屋根といわれています。神鍋山(477m)もこれで、溶岩流にともなう溶岩崖、溶岩コブなど典型的な火山地形をとどめています。

3つめは、北但層群におおわれていたところが、その後の隆起・浸食作用で削り取られて基盤岩が露出し、さらに河川によって深い谷が刻まれたもので、高竜寺岳(697m)などがあります。

また、但馬山地の中でも、火成活動を受けなかった地域(おもに八木川以南の古生層)は、長い年月の間に風化が進み、山頂まで植林がなされて美林をつくりだしています。

●平地
但馬の平地は、円山川沿いに豊岡盆地があるほかは、日本海へそそぐ竹野川、佐津川、矢田川、岸田川の河口近くに沖積平野(ちゅうせきへいや)があるくらいです。豊岡盆地は豊岡市を占める沖積平野で、円山川と出石川の合流点付近で一番広く、幅4kmぐらい。玄武洞以北では円山川の両岸に山がせまり、平地はほとんど見られません。

円山川以外の河川は短小なので、新しい山地が削り取られてできた狭い谷底平野だけが形成されています。

●河川
但馬のおもな河川としては、東から、朝来市生野町円山に端を発する円山川、三川山を源とする竹野川・佐津川、氷ノ山から流れ出る矢田川、扇ノ山を源とする岸田川などがあります。

●海岸
日本海に面する但馬海岸は西端の浜坂町居組から、東端の豊岡市津居山まで直線距離で40数km。この地域一帯の海岸は、1963年、山陰海岸国立公園の指定を受け、景観の美しい海岸として知られています。スケールの大きい沈降海岸で、海に落ち込んだ山々の屋根の部分が岬・鼻の突出部となり、谷の部分に海水が入り込んで湾となり、漁港や浜になっており、小刻みに急に入り込む典型的なリアス式海岸です。

2011/06/22  

但馬の河川【たじまのかせん】

 

但馬の河川【たじまのかせん】

円山川と豊岡盆地
●関連情報
豊岡河川国道事務所
●但馬最大の川・円山川
日本海にそそぐ但馬のおもな河川は東から、円山川、竹野川、佐津川、矢田川、岸田川とあります。
但馬最大の河川・円山川は、播州との分水界にあたる生野町円山を源流として、豊岡市津居山で日本海にそそいでいます。
但馬の1市12町を流域にもち、但馬山地の山々を水源とした大屋川・八木川・稲葉川・出石川などの多くの支流を合流しながら、豊かな水量でゆったりと流れています。豊岡市域に入ると、標高数メートルの非常にゆるやかな流れとなります。河口近くの楽々浦(ささうら)は氷河期の谷が埋め残された潟湖で、湖岸の樹木はサギの絶好のねぐらとなっています。
かつては蛇行して流れ、洪水のたびに氾濫を繰り返したため、大正11年から15年をかけて大改修されて、現在の流路になりました。市内のところどころには、かつての流路が三日月湖として残っており、円山川の荒々しい一面をうかがわせています。

竹野川、佐津川の源流はともに三川山で、流路も短く流れも早い川です。
矢田川の源流は氷ノ山で、香美町村岡区北部付近で硬い地層を深く削って峡谷を作っています。香住町小原付近から上流では、河岸段丘が見られ、段丘上に集落があります。香美町香住区森の大乗寺付近からは沖積平野が広がり、香美町香住区矢田で日本海にそそいでいます。
岸田川の源流は扇ノ山で、照来川・春来川・久斗川などを合流して日本海にそそいでおり、新温泉町千原付近から両側に段丘があります。竹野川、円山川に段丘があまり見られず、矢田川、岸田川沿いに顕著に見られるのは、但馬西北部が隆起したためだと考えられます。
円山川以外の但馬の川は、瀬戸内側の川に比べて短く、川幅が狭く、流れが早いの特徴です。昔は、上流の花崗岩(かこうがん)地域で、流れを利用して砂から砂鉄を取る「かんな流し」が行われ、「たたら」による製鉄が行われていました。今も清流を利用してヤマメやニジマスの養殖が行われていたり、矢田川、岸田川にはそれぞれ急流を利用した小規模の発電所があります。

但馬の地質【たじまのちしつ】

 

但馬の地質【たじまのちしつ】

但馬海岸
(津居山から竹野海岸)

玄武洞(豊岡市)
●但馬の地史
今から約3億年前、アジア大陸の東端は海で、但馬の姿はありませんでした。それから1億年ほど後の造山運動(本州造山運動)で、但馬の陸化が進みました。養父市大屋町一帯に広がる「舞鶴帯」や、福岡県を西端として但馬までのびる「三郡帯」はこのころのもの、「夜久野層群」は少し後にできたといわれています。それから少し経って最初の火山活動が但馬で起こり、花崗岩体の貫入によって、城崎、湯村などの温泉源がつくられました。
2500万年前、海底火山の溶岩が海水と反応して緑色に変化する、グリーンタフ変動が起こり、生野、明延などの鉱山ができました。このころ但馬には海が深く入り込んでおり、村岡には海底面の流跡が残っています。
1000万年前、2回目の大きな火山活動によって、日和山安山岩ができ、古村岡水道が陸化し、数百万年前の火山活動で、鎧の袖(香美町香住区)や宇日流紋岩(豊岡市竹野町)などができました。兵庫県の最高峰・氷ノ山は約300年前、玄武洞の玄武岩は約160万年前の噴火によるものです。
中国地方を東西に走る山脈は、東端の氷ノ山周辺で急に南北の連なりになっており、変化に富んだ但馬海岸の地形とあわせて、かつて但馬が地殻変動の拠点のひとつであったことがうかがえます。
県下で一番新しい火山活動は、約1万年前の神鍋噴火です。また、約2万年前に、最後の氷期が終わって間氷期にはいったころ、現在の豊岡の平野部は海でした。このような、さまざまの変化を経て現在の但馬ができたのです。

●但馬の地質
養父市大屋町一帯に広がる「舞鶴帯」は古生代の地層で、西は山崎断層にのび、東は舞鶴に至っています。約1億年前、中生代白亜紀の地層としては、朝来市生野町や矢田川流域、豊岡市の「山陰型花崗岩帯」があります。比較的新しい新生代の地層は、北但馬一円に広がり、新温泉町と鳥取県境の山々にも含まれています。

明延鉱山
養父市大屋市場から明延への道路沿いの川原では、約2億年前の本州造山帯の一部である、但馬で一番古い火成岩が見られます。すでに閉山した明延鉱山は、金・銀・銅などを産出する、約2500万年前のグリーンタフ変動でできた浅所高温型鉱床で、近くには超塩基性変成岩の三郡帯の地質である、大屋鉱山、夏梅鉱山(いずれもニッケル)などもあります。
立雲峡・生野鉱山
立雲峡で知られる朝来山一帯は、約1億年前の老齢期の花崗岩が風化され、その中の堅く、風雪に強い閃緑岩の部分が山の中腹に集積していて、ロックガーデンの奇観を呈しています。
生野鉱山は、約2500万年の火山噴砕岩に熱水鉱脈が貫入して形成されました。また1億年前の、但馬最初の火山活動による火砕岩からなる鉱床に栃原山(明礬石:みょうばんせき)があり、これは流紋岩や凝灰岩が熱水作用で変化したものです。
但馬海岸
但馬海岸のほとんどを占める岩石は、約2500万年~数百万年前のもの。古い順でいうと、新温泉町浜坂の東に約7000万年前の流紋岩・凝灰岩があり、同じ頃の花崗岩が、田井ノ浜(新温泉町・旧浜坂町)、切浜(豊岡市竹野町)、安木(香美町香住区)などにあります。百層崖(ひゃくそうがい:香美町香住区)や、はさかり岩(豊岡市竹野町)などは、約2000万年前の火山活動による古香住湖の火山噴出物の堆積層で、浜坂西海岸の粗粒玄武岩質溶岩も同じころのものです。
1000~300万年前の噴火では、古香住湖の堆積層を覆うようにあふれた流紋岩・凝灰岩は、鎧の袖(香美町香住区)、但馬御火浦(たじまみほのうら:新温泉町・旧浜坂町、香美町香住区)などに見られる節理をつくりました。
氷ノ山・鉢伏高原
三郡帯の変成岩からなる品川関宮鉱山(クロム)、尾崎鉱山(クロム)、安井鉱山(アンチモン)は、新第三紀のものといわれています。妙見山や瀞川平は1000万年前にできたといわれ、褶曲(しゅうきょく)や断層面が林道でも見られます。海生動物の化石がみつかる妙見山は、海底で堆積した地層です。氷ノ山は、すぐ北の扇ノ山とともに、300万年前の鉢伏山の噴火でできました。扇ノ山の北、温泉町海上では昆虫や植物の化石が多数みつかります。
神鍋高原
神鍋山は1~2万年前の火山。玄武岩質であることから粘性の小さい溶岩を噴出したと思われ、その溶岩の一部は、JR江原駅近くの円山川河岸でもみられます。神鍋周辺には、品川美方、清滝、江原の鉱山があり、蝋石(ろうせき)を産出します。
玄武洞
玄武洞は、玄武岩質マグマが冷え固まるときに収縮してできた節理で、約160万年前の来日岳(豊岡市城崎町)の噴火によってできた岩石からなります。玄武岩の中には、鉄の酸化によってできた赤や黒の石が混じっており、地元で「灘石」と呼ばれ、石垣などに用いられました。7000万年前の凝灰岩は、豊岡市城崎町の今津石や楽々浦石として、土木建築に用いられています。
間氷期にはいると、現在の豊岡平野は海となり、その後、円山川・出石川流域に沖積層が堆積しました。

2011/06/22  

但馬の山【たじまのやま】

 

但馬の山【たじまのやま】

氷ノ山の頂を望む

神鍋高原より東床尾山を望む
スキー場の広がる但馬山地は、県下一の高さを誇り「兵庫の屋根」といわれる氷ノ山(1,510m)をはじめ、鉢伏山(1,221m)、扇ノ山(1,310m)など、1,000mを越える山々が連なっています。中国山地の東端に位置する但馬山地は、第三紀末の火山活動によって、なだらかな古い山並みの上に突き出すようにできた山々で、氷ノ山では、山頂部の荒々しい岩肌と、斜面に沿って流れた溶岩によってできたゆるやかな斜面が対照的です。
山頂平坦部の周辺の谷は急崖となって、いたるところに滝や渓谷ができ、浸食が進み、荒々しい岩肌を見せる急斜面が多い、壮年期的な山地です。山頂周辺の厚い溶岩台地の末端部には、霧ヶ滝、瀞川滝、不動滝、天滝など、多くの美しい渓谷ができ、ハイキングコースとなっています。ゲレンデの多くは標高600~800mの高原ですが、鉢伏高原では1,221mの山頂までリフトで登れ、南に氷ノ山の樹氷や白銀の尾根を望む山頂からの眺望がすばらしく、別世界のようです。
但馬山地には、神鍋山や宝山(夜久野高原)など、第四紀にできた新しい火山もあります。お椀を伏せたようなスコリア丘は、形も崩れず、すり鉢のような火口を広げています。しかし、森林伐採の波に浸食されて、ブナ、トチ、ナラなどの原生林が次々に伐採され、山頂部や渓谷の一部に残るだけとなっています。

かつて山には多くの木地師が住み、住居を転々と移しながら、豊かな原料に支えられて「ろくろ」を回していましたが、今はその跡もありません。
冬の白銀の山々も、ザゼンソウやミズバショウなど高山性の草花が咲き乱れる春を迎え、夏は深山幽谷のうっそうとした森となり、秋には紅葉に彩られて、四季それぞれに美しく、氷ノ山後山那岐山国定公園に指定されています。
標高1,000mの畑ヶ平高原では、火山灰層などから旧石器時代の石器が、また、標高600mの鉢伏高原や兎和野高原では縄文遺跡が発見されました。

但馬の代表的な山を紹介しました

但馬の地史【たじまのちし】

 

但馬の地史【たじまのちし】
●但馬の地史
今から約3億年前、アジア大陸の東端は海で、但馬の姿はありませんでした。それから1億年ほど後の造山運動(本州造山運動)で、但馬の陸化が進みました。養父市大屋町一帯に広がる「舞鶴帯」や、福岡県を西端として但馬までのびる「三郡帯」はこのころのもの、「夜久野層群」は少し後にできたといわれています。それから少し経って最初の火山活動が但馬で起こり、城崎・湯村などの温泉源がつくられました。
2500万年前、海底火山の溶岩が海水と反応して緑色に変化する、グリーンタフ変動が起こり、生野、明延などの鉱山ができました。このころ但馬には海が深く入り込んでおり、村岡には海底面の流跡が残っています。
1000万年前、2回目の大きな火山活動によって、日和山安山岩ができ、古村岡水道が陸化し、数百万年前の火山活動で、鎧の袖(香美町香住区)や宇日流紋岩(豊岡市竹野町)などができました。
兵庫県の最高峰・氷ノ山は約300万年前、玄武洞の玄武岩は約160万年前の噴火によるものです。中国地方を東西に走る山脈は、東端の氷ノ山周辺で急に南北の連なりになっており、変化に富んだ但馬海岸の地形とあわせて、かつて但馬が地殻変動の拠点のひとつであったことがうかがえます。
県下で一番新しい火山活動は、約1万年前の神鍋噴火です。また、約2万年前に、最後の氷期が終わって間氷期にはいったころ、現在の豊岡の平野部はまだ海でした。
このように、さまざまの変化を経て現在の但馬ができました。

 

逆算年数
地質・地史等
地質現象・天然記念物・鉱山など
1万年前


第四紀
・縄文遺跡
・古豊岡湖
・古神鍋湖沼群
・段丘
・神鍋火山群の活動
・別宮、兎塚、神鍋など
・中谷貝塚(豊岡市)
・古栗栖野湖・古太田湖等湖底平野
・高位段丘/新屋・鍛冶屋(香美町小代区)
・栃本の溶岩瘤(豊岡市日高町)
200万年前
・田倉山(宝山)火山の活動
・玄武洞火山(来日火山)の活動
・鉢伏火山の活動
・氷ノ山火山の活動
・畑上(豊岡)(神崎砂丘:ソロバン玉石)
・柱状・板状節理(小倉・赤石)
・玄武洞、青龍洞、白虎洞、朱雀洞
※三郡変成岩を貫いて噴火
700万年前

第三紀



・猿尾滝ヒン岩脈の貫入
・宇日流紋岩(安山岩)噴出
・春来累層・高山累層の形成
・猿尾滝(香美町村岡区)
・霧ヶ滝渓谷(新温泉町)
・猫崎(豊岡市竹野町)・岡見(香美町香住区)の傾斜不整合
・鎧の袖(香美町香住区)
・宇日流紋岩の流理(豊岡市竹野町)

・但馬御火浦(浜坂・香美町香住区)
・吉滝(香美町小代区)
・昆虫化石(新温泉町)
2600万年前



・妙見山堆積層
・瀞川山堆積層
・湯舟川頁岩石
・大野峠砂岩層
・地層の褶曲・断層(妙見林道)
・断層(瀞川山林道)

(古照来湖、古村岡水道




・大岡山堆積層
・河江流紋岩
・日和山安山岩
・辻礫岩層
・波食甌穴群(豊岡市竹野町)
・はさかり岩(豊岡市竹野町切浜)
・漣痕化石(香美町香住区)
・海底面の流痕(香美町村岡区)
・百層崖(香美町香住区鎧)
・断層(豊岡市妙楽寺山)
・阿瀬渓谷(豊岡市日高町)

鹿

・来日岳火山性堆積層
・椿色火山岩
・火山性角礫岩
・鍾乳日本、亀山洞門(新温泉町居組)

(古浜坂湖)




・高柳砂岩、礫岩層 ・古高柳湖(淡水湖?)
6500万年前

第三紀
(古第三紀の地層は但馬では見られません) ・グリーンタフ変動による鉱山
生野・明延鉱山

(金、銀、銅、錫など)
1億6500万年前


白亜紀
・花崗岩貫入
・矢田川層群の形成
・城崎・湯村・七釜・ハチ北の温泉
(花崗岩の裂け目から湧出)
・山中鉱山
1億9000万年前
ジュラ
・カンラン石・蛇紋岩(超苦鉄質岩)の上昇 ・天滝、不動滝(養父市大屋町)
・硬玉(養父市大屋町加保)
・頑火輝石(養父市関宮)
・大屋鉱山、夏梅鉱山、聖長鉱山
2億2500万年前
三畳紀
・御祓山層群
・夜久野層群
・御祓山不整合
(トリアス・古生層)
2億8000万年前



二畳紀
・夜久野古生層
・三郡変成岩
・南谷層群
・秩父古生層の主体
(石炭紀~二畳紀)
3億4500万年前
石炭紀
※但馬の地史はこのあたりから、わかってきました
3億9500万年前
デボン
4億3000万年前



シル
リア紀
日本最古の地層と化石 ・岐阜県福地
・福井県上伊勢
・岩手県大船戸村
・高知県越知町 など
5億年前
オルド
ビス紀
5億7000万年前
カンブ
リア紀
8億5000万年前





ア紀
原生代
・飛騨・隠岐変成岩
(日本で古い岩石、約11~16億年前?)
・地球上最古の岩石(堆積岩)アフリカで発見(約26~38年前、地球の形成)
・岐阜県上麻生・片麻岩礫
(20~25億年前、日本最古の岩石?)
45億年前
始生代