2025/12/31  

養父市立やぶ市民交流広場 YBファブ【やぶしりつやぶしみんこうりゅうひろば わいびーふぁぶ】

 

養父市立やぶ市民交流広場 YBファブ
【やぶしみんこうりゅうひろば-わいびーふぁぶ】
やぶ市民交流広場

やぶ市民交流広場

 
●関連情報
やぶ市民交流広場YBファブHP
●養父市の文化芸術の拠点
やぶ市民交流広場YBファブは、養父市の文化芸術の拠点として令和3年にオープンした文化施設です。川と山に挟まれた旧グンゼ八鹿工場跡地に立地し、ホール、公民館、図書館、公園の4つの機能を備えた複合型施設となっています。愛称である「YBファブ(ワイビーファブ)」は全ての人に愛着を持ってもらうために耳になじみやすいものとし、YaBuの「Y」と「B」、fabulous(素晴らしい)という意味の「ファブ」を繋げたものです。「B」にはBunka(文化)、図書館=Book(本)、「ファブ」は、建設地がグンゼ八鹿工場跡地であることから、fabric(織物)やfabrication(製造)の意味も込められています。

やぶ市民交流広場の中で一番大きな建物であるホール棟は、ホール機能の他、会議室や音楽スタジオなども備え、多目的に利用できます。養父市で初めて整備された図書館は、採光がよく、明るい雰囲気の中でゆっくり読書を楽しむことができます。屋外には芝生広場もあり、八木川の流れを臨みながら、のんびりと散歩もできます。

2025/12/31  

ちょんまげ寿司【ちょんまげずし】

 

ちょんまげ寿司【ちょんまげずし】
ちょんまげ寿司
●ボリューム満点の手巻き寿司
養父市建屋地区周辺の主婦を中心とした「建屋・三谷村おこし協力隊」が作る「ちょんまげ寿し」。ネーミングの由来は地元で行われる「お走り祭り」から付けられ、斎神社に奉納されている絵馬に描かれた、ちょんまげ姿でお祭りを行う様子にちなんでいます。元々は同地区の婦人会が作っていた巻き寿しが元になっていて、商品化のために具材が大きく、見た目もインパクトがあります。新鮮な卵を使った厚焼き卵は6層もの厚みがあり、ボリューム満点。椎茸は肉厚なものを選び、噛むたびに香りと旨味が口の中に広がるよう、
市内で製造された醤油で2〜3日じっくりと煮込んでいます。

令和2年の販売開始から口コミで噂が広がり、イベント販売では30分で完売することもある人気商品。特産品である朝倉山椒入り、いなり寿し、助六寿しなどバリエーションがあり、頭に巻き寿しを乗せたキャラクターイラストも可愛いと評判です。

・建屋校区自治協議会 079-666-0272

2024/12/26  

大庄屋記念館【おおしょうやきねんかん】

 

大庄屋記念館【おおしょうやきねんかん】

大庄屋記念館

 
●関連情報
養父市HP
●江戸時代の大庄屋屋敷を利用した資料館
養父市小城(こじょう)にある養父市立大庄屋記念館は、江戸時代後期に出石藩の18ヶ村を管理した大庄屋・長島善右衛門の母屋が建てられたと考えられることから、大庄屋記念館という名称がつけられました。母屋や納屋、土蔵などが広い敷地に配置された風格ある屋敷で、昭和30年代以降は現代的な改修を受けなかったことなどから、市の文化財に指定されています。明治から大正時代に活躍した但馬を代表する豪農住宅として綺麗に保存されており、館内には生活用具や民具などが収集展示され、かつての暮らしや養蚕の歴史などが学べます。離れの1階にある画家・小林礫川の太公望の襖絵も見事なものです。最近ではドラマ「ガンニバル」のロケ地としても使用されました。

2024/12/26  

北星鉱山社宅【ほくせいこうざんしゃたく】

 

北星鉱山社宅
【ほくせいこうざんしゃたく】

北星長屋社宅
・養父市大屋町明延
・日本遺産構成文化財
●かつて鉱夫とその家族が暮らした社宅跡
養父市大屋町にある明延鉱山はかつて、日本一の錫鉱山として、昭和62年に閉山されるまで日本の鉱業を支えました。最盛期には約4,000人もの人が山あいの小さな集落に暮らしており、明延川をはさんで向かいの山にはいくつもの社宅が建てられました。青い屋根が特徴的な北星長屋社宅は、狭い土地を有効に活用するため山の斜面に建てられており、木造長屋5棟が残っています。また、当時としては最新技術であるプレコン造の社宅も8棟残っており、往時の鉱山町の面影を伝える貴重な文化遺産として保存されています。

2024/01/27  

上垣守国【うえがきもりくに】

 

上垣守国【うえがきもりくに】
上垣守国
(1753-1808)
宝暦3年に養父市大屋町蔵垣に生まれる。養蚕を但馬、丹波、丹後に広めた、但馬養蚕業の先駆者。

●関連情報
上垣守国養蚕記念館(養父市HP)

●先進地で養蚕を学ぶ
上垣守国は宝暦3年(1753)に現在の養父市大屋町蔵垣に生まれ、18歳の時に養蚕の先進地であった陸奥国伊達郡福島に行き、蚕種(蚕の卵)を持ち帰って蚕種改良に尽力しました。後に蔵垣村の庄屋を務め、享和3年(1803)、48歳の時に『養蚕秘録』という養蚕の技術書を出版。当時は文字が読めない人も多かったため、挿図(イラスト)を多数入れて、図を見るだけで養蚕が学べるように工夫したといいます。

●養蚕研究の集大成
守国がまとめた『養蚕秘録』は養蚕研究の集大成で、養蚕の歴史や桑の栽培、蚕の飼育方法などが絵図を使って分かりやすく描かれています。オランダ人医師・シーボルトもこの本をオランダへ持ち帰っており、日本の技術輸出の第1号として世界からも高い評価を受けました。地元の蔵垣地区にある上垣守国養蚕記念館では、その業績をたたえ、養蚕秘録や守国が使用した煙草入れ、矢立などが展示され、守国の偉業を垣間見ることができます。

 

2024/01/27  

上小田の柳神社【かみおだのやなぎじんじゃ】

 

上小田の柳神社
【かみおだのやなぎじんじゃ】

上小田の柳神社
上小田の柳神社

上小田の柳神社
・養父市八鹿町上小田
神社の裏側には約1500年前に造られた古墳があり、古墳時代から円山川と共に人々が生活した証を感じることができます。

 

 

柳の根株を祀った神社

 養父市八鹿町上小田区の柳神社の眼下には、但馬で1番大きい河川・円山川が流れています。樹木が付いた珍しいこの神社の名前は、この円山川にまつわる1つの伝説が由来となっています。
その昔、村人たちは毎日川を渡って土地を耕しに行き、夕方になるとまた川を渡り帰っていきました。たいていの日で、帰る頃には暗くなっていて、暗夜の川渡りは、足を踏み外して淵に落ちそうで危険でした。
ところが、円山川の浅瀬の中ほどには、夜になるとぼんやりと妖しい灯が光っており、この灯を頼りに安全に川を渡ることができました。人々は不思議に思い、光っていた周辺を昼間に調べてみると、古びた柳の株が川原石の間に埋まっているのを発見しました。夜に灯る光のおかげで安全に川を渡ることができることに村人たちは感謝して、この古株を氏神として祀ったそうです。円山川に沈んでいた柳の木が神社のご神木となり、現在も村の守り神となっています。

 

 

2023/01/13  

グンゼ八鹿工場事務所棟【ぐんぜようかこうじょうじむしょとう】

 

グンゼ八鹿工場事務所棟
【ぐんぜようかこうじょうじむしょとう】


グンゼ八鹿工場事務所棟
・養父市八鹿町八鹿
・兵庫県景観条例景観形成重要建造物等

●昭和初期のモダンデザイン
1928年(昭和3)建設された、旧グンゼ八鹿工場の事務所棟。薄橙色の外壁でモダンなデザインが特徴的です。事務所の入口が建物の角部分に面し、さらに中央部に柱を設けた左右対称の出入り口が2カ所あります。さらに事務所内に入ると、円形の垂れ壁(天井から垂れ下がった形状の壁)と、中央にそびえるギリシア神殿のエンタシス柱をモチーフにした柱を見ることができます。

外部に面した窓は上げ下げ窓で、昭和初期の流行を取り入れたモダンな様式です。スレート瓦だった屋根は、改築工事により日本瓦に葺きかえられています。

2022/01/15  

養父神社の狼像 【やぶじんじゃのおおかみぞう】

 

養父神社の狼像
【やぶじんじゃのおおかみぞう】

養父神社の狼像
養父神社の狼像
養父神社の狼像
養父神社の狼像
・養父市養父市場
明治26年(1893)建立の狼像。狛犬と並んで拝殿の前に建っており、口を開けているのがメスで、閉じているのがオスになっています。

 

 

狼の力で守った白狼退治伝説

「養父の明神さん」とよばれ、農業の神として地元の人に親しまれてきた養父市の「養父神社」。紅葉のシーズンや初詣に多くの人が訪れるこの神社に、珍しい石像があるのをご存じでしょうか。
一見、4体の狛犬が並んでいる様に見えますが、尻尾を高く上げた1対は、「狼」の石像です。養父神社では、田畑を荒らす猪や鹿から作物を守る益獣として昔から狼を守り神にしています。
江戸時代に幕府が作った朝倉氏と八木氏の系図に、朝倉高清という武将と同神社に関わるこんな伝説が記されています。
鎌倉時代、関東で2mも越える大きな白猪が暴れていました。将軍・源頼朝に白猪退治を命じられた高清は、但馬に戻り養父神社に7日間こもって祈願。神前から霊力のある鏑矢を授かり、その矢で見事、白猪を退治しました。この功績が認められ、高清は頼朝の家来として迎えられたとされています。すでに絶滅してしまった日本狼ですが、養父神社では今日も石像として私たちを見守ってくれています。

 

 

2021/01/24  

中瀬金山関所/トロッコ広場【なかぜきんざんせきしょ/とろっこひろば】

 

中瀬金山関所/トロッコ広場
【なかぜきんざんせきしょ/とろっこひろば】

中瀬金山関所

トロッコ広場

陣屋(金山役所跡)

 
●関連情報
中瀬金山関所/トロッコ広場
●江戸時代の金山町の面影が残る
養父市中瀬の中瀬金山は、天正元年(1573)、八木川で砂金が発見されて始まりました。江戸時代には、生野奉行所の直轄鉱山となり、近畿でも最大の金山町として栄えました。明治時代は三鉱山とともに三菱の経営となり、昭和に入ると、日本一大きな「自然金」が出る鉱山として有名になりました。

中瀬地区は江戸時代当時の町割が残っており、慶長5年(1600)、徳川家康配下の生野奉行・間宮新左衛門によって、金山役所、役宅、米蔵、牢屋が建てられたと伝えられています。享保8年(1723)に役所は廃止されましたが、その敷地と古い石垣が今に残っています。

中瀬金山関所は中瀬金山の交流拠点施設。鉱山関係の貴重な資料を展示する他、隣接するトロッコ広場には、鉱山稼働時期に使用していたトロッコを常設しています。


■中瀬金山関所/トロッコ広場

・079-667-2331(養父市関宮地域局)
※施設内の見学を希望する場合は事前に問い合わせが必要
・養父市中瀬896-10

2021/01/24  

明延一円電車軌道【あけのべいちえんでんしゃきどう】

 

明延一円電車軌道
【あけのべいちえんでんしゃきどう】

明延一円電車軌道

 
●関連情報
明延一円電車軌道
●一円電車の乗車体験
昭和20年から昭和60年まで鉱山従業員の通勤電車として、利用されていた明神電車は昭和4年に開通。明延〜神子畑間を運行していました。昭和24年に従業員運搬用に客車もつけるようになり、一般の乗客も運ぶようになりました。昭和27年、1日の乗降数を数えやすくするために乗車料が1円となり、「一円電車」の愛称で親しまれてきました。

昭和62年の閉山とともに廃線となりましたが、有志の手により、平成22年に70mの軌道が完成。その後、一円電車募金を募り、令和元年9月には軌道が延長され、ついに1周150mの円周となりました。

4月~11月の毎月第1日曜日の他にゴールデンウィーク・夏休みの期間に臨時運行日を設けられ、一円電車の乗車体験が楽しめます。


■明延一円電車軌道

・079-668-0258(養父市立あけのべ自然学校/平日8:30~17:00)
・養父市大屋町明延1184